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大人へのグラデーション

休憩時間、就業規則上60分。

実際は午前中のカルテを半分無意識化で入力しながら午後の準備。ああ、明日の資料を準備しなきゃと書類の作成。それだけであっという間に30分が過ぎる。

急いで社員食堂へ。
大好きな油淋鶏に少し心が躍る。小さな幸せを噛み締め味わう暇もなく、ひたすら胃に食物を押し込む。
その間もひたすら思考する。
効率的に午後の仕事を終える為、なるべく残業しないようにする為、あれやこれや。

残り時間、10分。
片目で時計を気にしつつ、歯を磨く。
なんとなく、目の前の掲示物に、本当にただ物理的に目を通す。
無意味な情報の摂取。
意識的に、こうでもしないといけないのだ。
ひたすらに血流が巡り続けるものだから、脳がヒートアップしそうになる。

ミントの爽やかさ、舌の味覚を刺激して。
ふと、気付く。
そういえば。

いつから自分は大人用の歯磨き粉を使う様になったのだろう。

服のサイズが数字表記からローマ字表記に変わったのは。
それから、1万円札をびくともせず持ち歩ける様になったのは。
コーヒーのブラックを飲む様になったのは。
ミネラルウォーターにお金を払うことに厭わなくなったのは。
プラスチックのお面を変えながら、
定型文を上手いこと並び替える様になったのは。

思春期の頃、アイデンティティの確立されていない不安定な頃。
いつも考えていた、どこまでが子供でどこからが大人か。
自分はその境目を飛び越えて、ちゃんと、世間が言うちゃんとした大人、になれるのだろうか。
甘いクレープを食べながら、そんな苦いことを考えていた。

今思う。そんな区切りなんてないんだと。
徐々に体の形が、骨と肉が、変わる様に、少しずつ少しずつ、大人というものになっていくのだと。
なんだ、とても簡単なことなのに、どうしてあの時は、投げ出してしまいたくなるくらい考えていたのかな。

真っ白な状態から色んな色が、外側から内側から塗り潰されて、時々消して、また塗って。
そうやって、自分になっていくんじゃないかな…。
だから私は…

あ、やばい。
そこまで考えて、反射的に蛇口を捻った。
もう時計の針が58分を指している。
急いで口をゆすいで、また私はあの頃知らなかった色を纏って歩き出す。


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