誰でもトイレは誰のもの?国交相啓発ポスター「バリアフリートイレの利用について」
このようなポスターを見かけたことはありますか?
今年のはじめ、商業施設等のトイレ設計に関わる人が集まる会があり、そこでトランスジェンダーのトイレ利用に関するお話をさせていただきました。当日までの事前準備として、都内を中心に、いくつかの駅や商業施設の公共トイレを視察・見学しました。その中で、主に駅で、「誰でもトイレ(多目的トイレ)」の入り口に、度々、バリフリ―トイレの啓発ポスターを見かけることがありました。
これは、国土交通省が作成しているもので、国交相のホームページ「高齢者障害者等用施設等の適正な利用の推進」のバリアフリートイレの項目の中で、「トイレの様々な設備や機能について、真に必要な方が必要な時に利用できるよう、ポスター・チラシを作成し、トイレの適正な利用に関する広報啓発の取組を行っています。」と記されています。
真に必要な方とは?
ここで少し立ち止まって、考えてみて欲しいのですが、ポスターに記載されている「必要ない方は一般トイレをご利用ください。」の「必要ない方」とは、一体どのような方を指すのでしょうか。
(※国交相のホームページでは「真に必要な方」と記載あり。)
▼東京都
高齢者や障害のある方にもやさしい施設情報サイト
https://www.daredemo-tokyo.metro.tokyo.lg.jp/
こうした誰でもトイレを利用する方には、多様なユーザーがいると言われています。
例えば、
車いすユーザーの方、それから、高齢者はもちろんのこと、何らかの障がい等を抱えている方、オストメイト利用の方、異性を伴う介助を必要とする方がいます。その他にも、乳幼児など小さい子ども連れの方や、最近では海外からの旅行者で、大きいスーツケースなどの荷物を抱えている方の利用もあるかもしれません(一般トイレの個室だと狭くて荷物が入らない)。
そして、トランスジェンダーや、ノンバイナリーの方など、実に多様な利用者がいると言われています。
さて、
みなさんは、外出先でトイレに入る際、男女どちらのトイレに入ったらよいか、迷われた経験がある人はいるでしょうか?おそらく、ほとんどの人が迷うことなく、自分の性自認に沿ったトイレ利用ができていると思います。
しかし、
例えば、トランスジェンダーやノンバイナリーなどの、中性的な外見(容姿)の人や、男女二元的でない性自認を持つ人にとっては、こうした男女別のトイレが利用しづらい、外出先ではトイレ利用をためらってしまう(我慢する)、トイレに入る際の周囲の視線を感じて利用しづらい、などの声が寄せられています。
こうした困りごとを抱える当事者にとっては、性別関係なく使える「誰でもトイレ」または、「男女共用トイレ」が利用しやすいという声が、いくつかの調査データから明らかになっています。
また、株式会社LIXILが、国立大学法人金沢大学、ならびにコマニー株式会社と共同で発足した「トイレのオールジェンダー利用に関する研究会」が公表した調査結果によると、「利用したいトイレ」を利用できていないトランスジェンダーは、オフィスでは約4割、公共施設では約3割という調査データもあります。
誰でもトイレが見つかるまで探す
さて、話は変わりますが、
先日、情熱大陸という番組で、井手上漠さんが出演されていた時の映像(2月11日放送分)を、興味深く拝見していました。井手上漠さんは、15歳の時、「かわいすぎる男子高校生」として一躍注目を集め、現在では、その性別にとらわれない、自分らしく生きるあり方が、若い世代を中心に支持を集め、モデル・タレントとして活躍されている方です。
その放送の中で、印象に残ったシーンがありました。
ドラマ撮影合間に、井出上さんがトイレを探していてる場面です。その時、井出上さんは、男子トイレでもなく、女子トイレでもなく、誰でもトイレのある場所を探している、という状況でした。
その後ようやく、誰でもトイレを見つけることができたのですが、気に掛かる発言がありました。それは、「(トイレが)ないとどうする?」というカメラマンの質問に対して、「(トイレがなければ、誰でもトイレが)あるところを探す。」というコメントでした。
また、その映像が流れた際に、「他の誰かに迷惑をかけぬように、素早く(トイレを)済ませることを心がけている。」というナレーションが流れていました。
どのトイレ を利用するのか?
この放送シーンについて、
みなさんがどのように感じるかは分かりませんが、少なくとも私はかなり衝撃を覚えました。それは昔も今も、トイレ利用で困っている人は変わらずに存在しており、その現実を改めて、はっきりと突きつけられたということです。
(※放送の中で、井出上さんは、過去に男性トイレを利用されて、周囲に驚かれてしまった経験から、誰でもトイレを利用しているということでした。)
このシーンを放送した真意については、知る由もありませんが、そもそもトイレという場所は、排泄すること自体が本来の目的であって、このように 「誰が」「どのトイレを」 利用するか、ということについては、非常にプライベートな内容にも感じています。
「他の誰かに迷惑をかけぬように」というコメントについても、まるで、トイレに行くこと自体が迷惑な行為であるように、捉えられなくもないです。そのような思いを、本人にさせてしまっているトイレのあり方というのは、果たして正しいのでしょうか。
このように、トランスジェンダーやノンバイナリーの方に限らず、たとえ健常者(表現が適切でないかもしれません)であったとしても、外出先において、誰でもトイレがどこにあるのか。またトイレがあったとしても、そのトイレが利用しやすい状況にあるのか、など、トイレ利用において、困っている当事者がいます。
誰でもトイレは誰のもの?
ここでもう一度、最初の啓発ポスターに話しを戻しましょう。しばしば、誰でもトイレは、一体誰のためのトイレなのか?と議論になることもあります。国交相はなぜ、このようなポスター・チラシを作成したのでしょうか。その背景には何があるのか。まったく意味や意図がなく、周知・啓発しているということは考えにくいです。
ここで一つの調査データをご紹介します。
国交省が令和2年(2020年)に、誰でトイレ(多機能トイレ)の利用実態について、約1000人を対象に実施したインターネット調査のおいて、約930人の回答者のうち、誰でトイレ(多機能トイレ)を利用すると回答した障害者や子連れの人は全体の約14%となっていますが、一方、多機能トイレを「よく使用する」「ときどき使用する」と答えた人は、回答者全体の約3割という結果があります。
(※調査データに合わせて、「多機能トイレ」という表現を用いています)
https://www.mlit.go.jp/monitor/R2-kadai01/12.pdf
また調査では、「多機能トイレ」を利用する(利用した)理由についても聞いており、その回答の半数(50%)が、「一般トイレが混んでいたから」と回答しています。続いて、「近くに一般トイレがなかったから」(26・8%)の回答が続き、障がい者等以外の人のトイレ利用があるという状況がわかっています。
また、車いすユーザーの方で、健常者の方が誰でもトイレ(多機能トイレ)を使用している為、トイレに行けずに、待たされた経験があるという声もあります。こうした背景や、さまざまな当事者からのヒアリングを踏まえて、国交相は、啓発ポスターを作成したと考えられます。
性的マイノリティへのトイレ利用への配慮とは
2010年代後半より、「LGBT」いわゆる、性的少数者、性的マイノリティという言葉や、LGBTに対する理解が広がってくるにつれて、こうしたトイレ利用おいて、困りごとを抱えているトランスジェンダー当事者らの可視化が進んできました。
これを受けて、国交相では、バリアフリー設計のガイドラインの中に、性的マイノリティ等のトイレ利用において、配慮することや、(少し広めの)男女共用トイレの設置を推奨しています。
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/barrierfree/content/001734093.pdf
昨年には、「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」(LGBT理解増進法)が成立し、その過程においては、「女性の安心や安全」を盾に、トランスジェンダーに対する偏見、差別的言動や、トランスジェンダーを排除するような動きが問題となってきています。
トランス排除を煽るデマや誤解については、こちらの書籍などもご参考ください。
歌舞伎町タワー「オールジェンダートイレ」の炎上
2023年4月に東京新宿・歌舞伎町にオープンした東急歌舞伎町タワーの2階に設置された"ジェンダーレストイレ"について、「安心して使えない」「性犯罪の温床になる」などと多くの批判が集まり、わずか4ヶ月で改修工事に至った経緯があったことについては、まだ皆さんの記憶にも新しいと思います。
※詳しくはこちらもご参考ください。
多様な利用者へのニーズを踏まえ、かつ、トランスジェンダーなどの性的マイノリティの方も安心してトイレを利用できるためには、その利用できるトイレの選択肢があることが大事だと言われています。
では、一足飛びに、男女別のトイレをなくして、男女共用の個室トイレを増やせばいい、オールジェンダートイレを沢山作ればいい、といった単純な話でもなく、トイレのあり方に正解はないのです。
トイレのあり方はどうあるべきか
今回は、バリアフリートイレ(誰でもトイレ)に関する国交相の作成した啓発ポスターを中心に、下記、いくつかの課題を抜粋して整理してきました。
この20〜30年で、トイレは一体どう変わってきたのでしょうか?
昔から、公共トイレは、「“3K”(臭い・暗い・汚い)」と呼ばれており、その改善をはかるため、大手トイレメーカーをはじめ、さまざまな会社が、トイレの機能性や快適性など、その他、あらゆる工夫やアップデートを重ねてきたことは、いうまでもありません。
一方で、男女別のトイレ利用において、トイレを利用しづらいと感じている当事者がいることも事実です。トイレ利用だけに限った話ではありませんが、こうした性別のあり方を、「男」「女」か、いづれかの二択に分ける男女二元論の社会的構造について、(もちろん、すべての人がそのような考え方を持っているわけではないと思いますが)生きづらさを感じたり、モヤモヤした気持ちを感じている人もいると思います。
井出上さんが、誰でもトイレを利用される際に、今回、紹介した国交相の「バリアフリートイレ」に関する啓発ポスターがトイレの前に貼られていたとしたら、どのように感じるでしょうか。きっと、いつも以上に、利用しづらいのではないか…と想像しています。
かくいう私自身も、過去にトイレ利用で困った経験があるからこそ、自分には何ができるのだろうか…と考えています。何度も繰り返しにはなりますが、トイレのあり方には、さまざまな意見やニーズあり、正解がないからこそ、難しいテーマであり、考えさせられることが多いのです。
街中には、
今回のポスターだけでなくて、知識がなく自分がまだ知らないことや、気づいていないこと。多数派の目線によって作られた社会によって、排除されている人や、排除されていることすらも気づけていない、多様な人(マイノリティ)が、ひっそりと暮らしているのかもしれないと、感じる日々です。
私自身は「数奇な巡り合わせによって…」という表現が正しいかわかりませんが、ふとしたきっかけから、トイレに関心を持つようになりました。こうしたさまざまな属性や価値観を持つ人の「多様性」をどのようにインクルーシブしていけばよいのか、についてはまだまだ試行錯誤している途中ですが、トイレのあり方について話し合うことは、難しさもありますが、自分にはない視点や考えを知ることもあり、大変学びになります。
是非、さまざまなアイデアや意見を寄せていただけると嬉しいです。
こちらも合わせて、ご参考いただけたら幸いです。