唯一無二の天然塗料「漆」の魅力
お話しを伺った方
岩手県工業技術センター 産業デザイン部長 小林正信さん(2024年取材)
自らも漆器作りに挑戦し漆の世界を知る
小林さんが勤めている岩手県工業技術センターは、県内の製造業を中心とする企業に向けた技術的な支援や共同研究および開発などを行っている。
電子情報システム部やDX推進特命部、食品技術部など、全部で7つの部門に分かれており、小林さんは産業デザイン部に所属している。
小林さんが同センターで働き始めたのは、1994(平成6)年のこと。ちょうど岩手県工業試験場と岩手県醸造食品試験場が統合し、今の場所に移転した年だ。
「当時、私は千葉県にある大学院でデザインを専攻していました。あるとき教授から、岩手県工業技術センターの求人が出ていることを教えてもらい応募したんです」
同センターにおける小林さんの仕事は、デザインの分野で県内企業をサポートすることだ。なかでも工芸担当として、漆や漆工に深く関わってきた。
「漆は知識だけでなく、実際に体験して初めて理解できることもたくさんあります。最初の頃は、上司に教わりながら自分で木地(漆を塗る前の木の器など)を買って、仕事の合間に漆を塗っていました」
多くの人が避けて通れない漆による“かぶれ”も経験しながら、小林さんは県内の産地を度々訪問。少しずつ漆器を作る塗師や、漆を採る漆掻き職人などとのつながりを深めていった。
漆を未来へつなぐ取り組み
現在、国内で採れる漆の約8割を二戸地域の浄法寺産が占めている。2018(平成30)年度以降、国宝や重要文化財の保存修理に使用する漆は国産であることが義務付けられたが、それ以前は需要が少なく、生産量も減少していたという。
国の方針によって急激なV字回復を見せた国産漆だが、一本の木から採れるのは、わずか200ml(牛乳瓶1本程度)だ。さらに岩手のウルシは寒さに耐えながらゆっくりと成長するため、漆が採れるまで時間がかかる。
岩手県産漆の十分な量を確保するべく、県内では二戸市を中心に、ウルシの木の植栽に力を入れている。同時に漆掻き職人や塗師の育成も重要で、岩手県工業技術センターではそれらに関するサポートも行っている。
「当センターでは行政や地域の事業者などから依頼を受けて、塗師の技術向上を目指す研修や、漆掻き職人を対象とした漆の成分分析などを行っています。ほかにも、漆関連産業のインターンシップを開催。それをきっかけに岩手で塗師として活躍している人たちもいます」
そう語る小林さんは、同センターの職員として働き始めてから、実に30年以上も漆に携わり続けている。当初は漆の魅力がわからなかったが、仕事を続けるうちに漆が持つ不思議な力に魅了されていったという。
「漆は塗料の一つでありながら、石油由来のものとは全く違う性質を持ちます。例えば一般的な塗料は空気が乾燥している方が乾きますが、漆は一定の温度と湿度が整っていないと硬化しません。扱いが難しい一方で、抗菌作用が高く、器やお弁当箱に適した塗料といえます。また、縄文時代から利用されてきたことや、美術工芸品の分野でも広く活用されていることなどを考えると、漆に代わる塗料は他にないと思います」
伝統を守りながら新たな取り組みも
「漆を語りだすと止まらなくなるんです」と言って、照れたように笑う小林さん。これまでの道のりを振り返って、「漆の一大産地である岩手だからこそ、漆掻きから塗師まで幅広く関わることができます。これは、とても有り難いことだと感じています」と語る。
漆器の産地として見れば、岩手の規模はそれほど大きいものではない。しかし、大規模化しなかったからこそ守られてきた伝統の技と歴史がある。
小林さんは、「伝統工芸品は歴史を継承するとともに、今の時代に何を作るかを考えることも大切です。守るべきことは守り、新たな視点も取り入れながら岩手の漆産業に貢献していきたいです」と、教えてくれた。
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