知らぬは本人ばかりなり2
~幼馴染みのボクらの話 シリーズ 2~
今は七月で、北海道は短い夏だ。
半歩前を行く大介を見るともなしに見て、いつの間にこんなに背が高くなったのかと花穂は思う。
昔は私の方が高くて、つい最近まで同じくらいだったのに。
ちょっとずつちょっとずつ大きくなって、あっという間に追い越して。
今ではすっかり見上げる形を取らざるを得ないくらい、身長に開きが出てしまった事が悔しかった。
ちらりと、黙って横を歩く腑抜けた幼馴染を見やる。
背は抜かれたが、中身はあたしの方が上だし、まあそれでどっこいどっこいか。
人目を気にせず大あくびをかます大介に、呆れた目線を送って花穂は深く溜息を吐いた。
そして思う。この情けない姿を、学校の女子共に見せてやりたいわと。
この志羽大介という男は、実は学校の女子に人気がある。
別にそんな大規模なものではない。
クラス、学年を問わずちらほらと『彼、ちょっといいよね!』などという話題を耳にする程度の規模である。
部活や授業の合間の、寄り集まった女子のひそひそ話や、ランチタイムに友人から聞かされる『あの子、彼気に入ってるんだってよ!』等の発言を聞く度に、目を剥いてしまうほど驚くのだが、確かに世間の定義に当てはめればイケメンの部類には入るのかなと理解は出来た。共感は出来ないが。
大きな瞳、少し厚めの口角の上がった唇、太っても痩せてもいないほどよく筋肉のついた身体。
百七十センチという身長も、女子の平均身長からすれば丁度いいのだろう。
『並んだらバランスよくて、絵になるよねー』とクラスの女子がそう言っていた。
性格も、明るく快活で気さくで、頭は学年順位の中の下くらいで、とっつきにくいところはない。
それに、気の合う友人たちとバンド活動を行うという所も高ポイントなのかなと思う。
だがしかし、やはり納得出来ずに首を傾げてしまう。
そしてしげしげと大介の横顔を見る。
子供っぽいし、だらしないし、垂れ目だし、鼻筋太いし。
こんなののどこがいいのかしら? 皆『恋に恋するお年頃』だからって、ドーパミンが過剰分泌しすぎじゃないかしら……。
そこで花穂は、ふぅーと大きく溜息を吐く。
そして、そろそろ良い頃かと思い、先程口にしかけて取りやめた言葉を紡ぎ出す。
「ねえ、さっきの……『お前、俺達のマネージャーになれって』あれ、何?」
そう言って小首を傾げるが、大介の目は今にも引っ付きそうな状態、思考はまだ宙に浮いているようで、全くもって会話は頭に入っていないようだった。
そんな大介に対して、花穂は眉間に皺を寄せて頬を膨らませる。
もういい加減、目を覚ませ! そして私の質問に答えろ!
「おいこら、大介!!」
寝ぼけ眼をぶら下げた顔に近づいて、耳元で大きく名前を呼ぶ。
その大音量に大介の目はすっかり見開かれ、大きくよろめいた。
「なんて声出すんだよ!?」
何とかよろめいた体勢を直すと、まだ三半規管に木霊する花穂の声を消そうと耳を擦る。
「聞いてないあんたが悪いんでしょ?」
「ああ? 何が?」
文句を言う大介につんと顎を上げて、花穂は顔をしかめて不機嫌も露わに口を開く。
「だから『マネージャー』って何のことよ?」
しかめっ面の花穂に、大介は首を捻るとうーんと唸り「ああ、あれか!」と手を打った。
やっぱり忘れてたか。
花穂は額を押さえたくなったが堪える。そもそも寝起きの悪いこの男が覚えてる方がおかしい。
「俺たちバンドももうそろそろ、プロを目指そうって思ってさ。まあ、そんなんで練習に専念したいからマネージャー作ろうってことになったわけ。そしたら、候補にお前の名前が挙がったんだよ」
そこで大介は伸びをして、目覚めの態勢を整える。
「あ、言っとくけど俺は反対したんだぜ? どーせ、四六時中一緒にいる事になるマネージャーを決めるんなら、綺麗でスタイルのいいおねーさんにしようって」
そこで、ちらりと花穂に視線を投げた。
「何が悲しゅーて、こんな口うるさくて乱暴で可愛くない。おっと、ついでに胸もくびれも何も無い、男のような奴をマネージャーにせにゃならんのかってね」
そこまで言って、やれやれと首を振る大介に、花穂が耐え兼ねて声を荒げる。
「あんたねえ!! あたしをなんだと思ってんのよ!? っつか、誰が男よ!? こんなに純情可憐な美少女つかまえて!!」
悲観の籠った溜息に、花穂が噛みつくように言葉を返す。
大介はそれを鼻で笑って、ついでに肩まで竦めて見せた。
「はっ? どこが? どこが純情可憐な美少女だよ!? お前は無神経、凶暴な怪力男だろーが」
「なんですってぇえ!? あたしのどこが無神経よ? あんたなんか神経そのものが無いじゃない!!」
「あんだと!? お前なんかすぐ暴力に訴えてくんじゃねーか!! 男以上に強えしよー!!」
「なによ!?」
「なんだよ!?」
完全に怒り顔で捲し立て、お互い唸り声をあげて睨み合う。
それはさながら牙を剥き合う狼の様……と思ってるのは当事者だけで、実際は通行人からほほえましい目を向けられていたりした。
そんな本題そっちのけで繰り広げられる言い争いに、のほほんとした声が穏やかに割って入る。
「仲良しなのはいいけど、そういうのは家か、もしくは教室でやってね。『夫婦喧嘩は犬も食わない』って言うし」
『仲良し』と言う単語にすかさず反応し、二人は振り返り目を吊り上げて勢いのまま怒鳴り返す。
「誰が夫婦か! どー見たってケンカしてん」
「だろ!!」と「でしょ!?」以外一字一句わぬ言葉を同時に紡ぐ二人に、言葉の主は変わらずに穏やかな声で言った。
「いやぁ、息までぴったり。あっ、そんな状態で否定されても、誰も信じないよ。それ」
気の抜けるような柔らかい笑顔の主を認識すると、二人は落ち着きを取り戻して吊り上った目を元に戻した。
「テル」
「テルくん」
テル、こと小南輝。彼は大介、花穂。両者の幼なじみであり、クラスメートでもあり、大介が活動しているバンドのリーダーでもあった。
「とにかく、言い争いは控えてね。見てるこっちが恥ずかしいから。しかも天下の往来でさ」
穏やかながら、迫力のある笑顔でそう言われ、二人は素直に謝った。
「お前とこんな所で会うなんて珍しい。どうかしたのか?」
落ち着きを取り戻した大介が訪ねる、普段のテルならとっくに学校についているはずの時間だ。
「うん。ちょーっと、やることがあって夜更かししてたら寝坊しちゃったんだ」
苦笑しながら答えるテルをよく見てみると、目元にうっすらと隈が見える。
なるほど、今の話は嘘ではないらしい。
真面目性格のテルだ。こいつが夜更かしするなんてよほどの事をしていたのだろうと大介は思う。
「何だよやる事って? お前、何か悩みでもあんのか?」
「あたしたちでよければ相談に乗るからね?」
いつもと違う様子の親友を心配して大介が話しかけると、同じことを思ったのか、花穂が後に続いた。
「ありがとう。でも心配しないで……きっと二人が思ってることじゃないから。俺の夜更かしの理由」
柔らかい笑みを浮かべて、気を取り直すように明るく言った。
「さっ、二人とも急ごう? このままじゃ、遅刻だよん」
「あ、おい!」
「待って!」
そういって駆け出すテルを追い、大介と花穂も慌てて駆け出す。
「夜更かしの理由は、放課後のミーティングで話すから!」
そう言うと速度を上げてあっという間に視界から消えて行った。
「相変わらず、足速いね。テルくん」
花穂が感心したようにつぶやく。
「ああ」
大介は一言つぶやくと、ちらっと花穂の横顔を盗み見て不機嫌そうな顔をする。
彼の本心を代弁すれば、俺だってなあ、全力疾走すればあれくらい軽いんだよ。おめーに合わせてっからおせーんだろーが。ったく、鈍い奴め。と言う事になるのだが、当然ながら言葉にする事は出来ないので、心の中で愚痴を吐くまでに留めておく。
「はぁー……」
「何、悔しいの? 羨ましいの? あんた。足だけはテルくんに敵わないのよねぇ。気の毒に」
大介がこぼしたため息を、自分のためとは露とも知らない花穂は完全に悔しさから来るものと信じている。
「……はぁー。今更だよ」
「……そっか」
またしても、真意とは違って捕らえた花穂だった。