嫌われ者のレモンくん
ある処に、嫌われ者のレモンくんがいました。
『レモンって、すっぱいからきらーい』
『葉っぱがとげとげしてるから、触ると痛いんだ』
みんな口ぐちに言い、レモンくんに近寄ってくれる人は一人もいません。
「ぼくはひとりぼっちのほうがいいんだ……」
レモンくんは次第に誰とも遊ばなくなりました。
ある日、レモンくんが道を歩いていると。
「ワンワンワンワン!!」
大きな犬が、これまた大きな声で吠えていました。
レモンくんがびっくりしてまたたきをしていると「うわわわわ!」という声が聞こえます。
良く見て見ると、道端で男の子が尻餅をついていました。
犬はグルルルル……と低く怖いうなり声をあげて今にも男の子に飛びかかってきそうです。
「あっ! たいへん!」
レモンくんは一目散に近寄ると「やめろぉ!」と叫んで犬の前に飛び出しました。
そして、ぴゅっ! っと頭から酸っぱい汁を飛ばします。
犬は『すっぱい!』とばかりにきゃいんっと鳴くと、慌てて尻尾を丸めて逃げて行きました。
「大丈夫?」
レモンくんが倒れている男の子に手を差し出しながら聞くと「うん。大丈夫。ありがとう」とにっこり笑ってお礼を言ってくれました。
レモンくんがほっとしてその場を去ろうとしたその時。
「ねえ、これからぼくんち来ない?」
と、男の子がレモンくんに言いました。
「え?」
突然の事にレモンくんはびっくり。
「『お友達に親切にされたら、ちゃんとお礼をしなきゃだめよ』っていつもママに言われてるんだ。だからお礼がしたいな。ボクのお家へ来てくれる?」
「い、いいよお礼なんて。ちゃんと言ってもらったし、遊びに行くなんて出来ないよ」
レモンくんは大慌てで首を振りました。
「遠慮しないで、行こうよ! ね?」
そう言うと男の子はレモンくんの手を引っ張って駆け出します。
その事が嬉しくなって「うん!!」と大きく頷くレモンくん。
そうして二人は仲良くお家へと向かいます。
お家へ着くと、早速男の子はお茶の用意にかかります。
紅茶の葉っぱをポットに入れて、お湯を注いで一分半。
待ってる間に砂糖とお菓子を用意して……。
ピピピピピピピ。
タイマーが鳴ってお茶が出来たら、トレイに乗せてリビングへ。
「あ、僕も手伝うよ!」
レモンくんが手を貸そうと足を踏み出したその時、つるんと滑ってレモンくんは水を張ったシンクにばしゃんと落ちてしまいました。
「大丈夫!?」
男の子が慌てて駆け寄ると「大丈夫」とレモンくんが起き上がります。
すると男の子がふふっと笑って「さっきと逆だね」といいました。
「ほんとうだ」
そう言ってレモンくんも笑います。
さあ気を取り直してお茶の時間が始まりました。
お菓子を頬張りお茶を飲みます。
ところが、お茶を一口飲んだ男の子の眉が途端にちょっとハの字になってしまいました。
「にがーい」
どうやら甘くなかったようです。
「大丈夫?」
心配そうなレモンくんに、男の子はお菓子を一口かじって言いました。
「大丈夫大丈夫。こういう時は甘いお菓子を食べればいいんだ。そうすれば甘いのが苦いのを消してくれるよ」
そう言って笑って「おいしい。僕、やっぱり甘いものだぁいすき」とその顔をほころばせます。
その顔を見たレモンくんはなんだか急に悲しくなりました。
「すごいな。お砂糖って」
レモンくんの目から涙がぽろぽろ零れます。
「やっぱり、皆甘いのが好きだよね……僕も、僕も甘ければ」
涙は男の子の飲もうとしたお茶にぴちょんと一滴、カップの中に溶けました。
「わっ! すっぱい!」
思わず歪んだその顔を見て、レモンくんは耐えられずにそこから駆け出しましす。
「待って、レモンくん!」
男の子は慌ててレモンくんを追いかけます。
「待って!」
お庭の前でようやく男の子はレモンくんに追いつきました。
「ごめんね、すっぱいの嫌だったよね?」
レモンくんはすっかり落ち込んだ声で言いました。
走ってきたのではぁはぁしている男の子は、なかなか喋り出せません。
そんな男の子を見てレモンくんは思いました。
(また嫌われちゃったかなあ?)
そう思ったらまた悲しみが込み上げます。
「ううん」
そんなレモンくんに男の子が首を横に振って「聞いて」。と肩に手を置きました。
「あのね。嫌じゃないよ。 ちょっとびっくりしちゃったけど、とってもおいしかったんだ」
「え?」
レモンくんは、思いがけない言葉に目を真ん丸にして驚きます。
そこへ、男の子のお母さんがやってきました。
「シンクにレモン汁をかけてくれたのはどなた? おかげでお皿もお鍋もぴかぴかよ」
レモンくんはこれにも驚いて、何が何だかわかりません。
「ぴかぴかって、なんで?」
男の子が不思議そうにお母さんに尋ねます。
「レモンにはね、汚れを落とす成分が含まれているの。だからぴかぴかになるのよ」
お母さんは優しく言って、レモンくんに微笑みかけながら言いました。
「ありがとう。嬉しいわ」
「ぼっ、僕は転んだだけだから!」
レモンくんは、慌てながらも照れ笑い。
「よかったら、このパイにもレモンを分けてくれないかしら? きっと美味しくなると思うの」
お母さんはそう言って、作り途中のパイにレモンくんにもらった欠片を混ぜました。
「さあ、焼きあがるまでに新しいお茶を入れましょう。すっかり冷めてしまったからね」
「それならレモンくんとお友達になったパーティーにしたい!」
「ええ。もちろんですとも」
嬉しそうな男の子の言葉に、お母さんが頷きます。
“お友達記念パーティー”はもうすぐ。
良かったね、レモンくん。
おしまい