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週末の夜

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【『金曜日のショートショート』企画 参加作品】
第1弾 お題『金曜日』
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「やっ、やだぁぁぁぁぁぁ……」
「お願いだから我慢して? ほんの一瞬、一瞬だから!」
ね? と両手を合わせる真哉を、綾は全力で拒否し続けた。
「そんなこと言われても嫌! 絶対に嫌!」
「ねえ頼むよー。生配信で、しかもアーカイブ残してくれないんだよこの人」
「そんなん知らんわっ! って言いたいとこだけど気持ちはめっちゃわかるから困る」
「さっすが綾ちゃん、素晴らしい!」
「でも、嫌じゃ」
プイっと顔を背けられ、真哉はがっくりと肩を落として項垂れた。
彼が必死に懇願する理由。それはホラー動画の生配信を見たいというもの。
話題に上っただけで涙目になるほどの心霊現象嫌いである綾に、そんな事を言っても焼け石に水なのは百も承知だ。
だけれど他に道はない。
史上最悪のアクシデントで、救世主たるイヤホンがお釈迦になってしまったのだから。
「大体、洗い物中にヘドバンなんかするから悪いんでしょうがっ!」
「しょうがないだろ? 俺のロックな魂が曲に呼ばれっちまったんだから」
 ばつが悪そうにぼそぼそと言い訳する目が逸れて行く。
 それを冷ややかな目で射る綾は、呆れてため息を吐いた。
「それで水没させるとは、ろくでもないなその魂は」
「ロックなだけにっ!?」
 刹那にぎろりと睨まれて、真哉はますます縮み上がる。
「とにかく、なにがなんでも嫌だから! そんなにどうしても見たいなら、コンビニでイヤホン買ってくれば!?」
 配信開始まではあと五分だから、買いに行ってる暇はない。
「そんなぁ……」
情けない声を出し、真哉は眉尻を下げた。
『捨てられた子犬のよう』とは良く表現したもので、そんな顔をされると受け入れたくなるからずるい。
「でも、嫌なのよ」
せめて彼も同じ気持ちになればいい、と萎らしく腕の裾をちょんと引っ張る。
「うーん、でもなぁ」
後から見返すことが出来ない。それが最大のネックになって、真哉は迷いを捨てられない。困ったように目を泳がせて、それでも引きはしなかった。「いざとなったらトイレに逃げ込むとかどう? あ! お風呂入って来れば?」
そう言って顔を覗き込む。
「それも良いかもしんないけどさ。あんた、自分ちの壁の薄さをご存じかしら?」
小さく額に青筋を立て、にっこり笑う綾。
バッサリと切り捨てられて、真哉は頬をひきつらせながら「安月給ですみません」と謝った。
何をやっても折れない真哉に、負けるわけにはいかないと、綾は最終奥義を繰り出してみる。
上目遣いのうるうる目。真哉はこの目にめっぽう弱い。
相手の弱点を突くようでこういう手法は好きではないが、この際それは置いておく。
「どこにいたって、漏れ聞こえてくるもん。やぁぁだぁ」
「やだって言ったって、俺だってやだぁ」
真哉は困った顔で答える。
「そんなの知らないぃ。あたしが超ニガテなの知ってるくせにぃー。ばかぁぁ」
更に目を潤ませて訴える、頑として譲らない彼女に真哉は頭を掻き始めた。
これは動揺していると、綾は心の中でほくそ笑む。
「どーしても見るんなら、せっかく来たけどあたし帰るぅぅぅぅ」
「えっ? そっそんなあ」
 彼女の泣きの一言。
「それはやだよ! 困るよ! 綾とは一分。一秒だって一緒に居たいんだからさぁ」
「真哉」
半泣きで訴える真哉に、じゃあなんで引き下がることをしないんだよ! と内心烈火のごとく怒ったが、ここで顔に出してはいけない。
照れたような嬉しそうな声でつぶやき、彼を見上げる。
「だから、帰るなんていうなよぉ……」
寂しそうに言う真哉の顔が耳をたらした子犬に見えて、綾はぐっと言葉に詰まった。
「……しょうが、ないなあ!! じゃあ、今晩一緒に寝てくれる? でも、罰として添い寝だけだぞ、分ったか?」
「うん!」
真哉は目を輝かせて、半眼の綾に抱き付いた。
「愛してるよー」
「この代償はあのテーマパーク一泊かなぁー?」
しれっと言い放つ綾に、真哉の顔は青ざめた。
そんないつかの、金曜の夜。

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#十五年の眠りの果てに