一ヶ月

「ちょっと、佳祐! 違うわよ、それはこっち!」
「何だよ。めんどくせぇなぁ。別に良いじゃねぇか」
光の細かい指導に佳祐はうんざりしていた。
「駄目よ、分けないと! 伸びるんだから下着は!」
「別に死ぬわけじゃねーんだから良いだろー?」
「馬鹿ね、伸びた下着来てスーツ着れないでしょ!? 第一、みっともないじゃない! それともなに会社で恥かきたいの? 言っとくけど陰口叩かれるのは、妻であるアタシなんだからね?」
半眼で睨む光に佳祐はしぶしぶ納得する。
「分かったよ。やりゃーいいんだろー?」
「よろしい」
満足気に頷くと、光は大きくなった自分のお腹をそっと撫でた。
「この子の予定日まであと一ヶ月しかないんだから」
「ねー?」と笑顔で語りかけるその姿は、佳祐にとってそれはそれは愛おしいもので。
幼少の頃からずっと思い続けていた彼女とようやく思いが通じ合い、結婚したのはついこの間の事。
彼女の妊娠を知ったときは、銀河一の幸せ者になった気分だった。
なのにもう臨月を迎えているなんて。
「時間が流れるのって早いなあ」
しみじみと呟くと、光がちょっぴり強い口調で言う。
「そうよ? だから、あたしが入院してる間の家事を任せるために、こうして付きっきりで指導してるんだから、しっかりやってよね?」
「はいはい」
苦笑しつつ広げた洗濯物は、我が子誕生を待ちきれずに作られたおくるみだった。
「あ、今。お腹蹴ったわよ?」
「もしかして、俺たちが喧嘩でもしてると思ってんのかな?」
思わず焦る佳祐。そんな佳祐を見ると光は笑って、お腹に話しかける。
「大丈夫よー。あなたのパパとママはとっても仲良しですからねー?」
「おいおい。なんだよ、その疑問系は?」
いじけたようなその声に、光はあははと声を立てる。
そして一瞬お互いの顔を見やると、ふたりはおかしそうにそして幸せそうに笑うのだった。

愛しいキミに逢えるまで、あと一ヶ月。

#過去作よ天へと昇れ
#十五年の眠りの果てに

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