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お預けになっちゃった。

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【『金曜日のショートショート』企画 参加作品】
第3弾 お題『蟹』
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「最低でも六時間は無理だからね!」
「えー!?」
 きつめに言えば、あなたがものすごく沈む。
 悲しいのはこっちの方だ、馬鹿者め!
「それじゃあ、今回はもう無理じゃーん」
 私の家のソファーにもたれて、傷ついたようにつぶやいて、恨みがましい目を向けられる。
まるで私が悪いみたいに。
「ごめんね? でも、明日、めいっぱい楽しもう?」
「言ったろ。明日激早だぜー俺。無理だろ」
 考えればわかるだろーという呆れが滲んだ声。
 ムカつくけれどもにっこり笑って、その場を収めるようにと務める。
 こんな日に、喧嘩なんかはしたくない。
「ごめぇん。ね?」
 そう精一杯しおらしい声で訴えた。

 私は蟹アレルギー。
大人になって大病をして、大きな山場を越えた後、急に発症してしまった。
 自分で接触、摂取するのはもちろんだが、アレルギー源を摂取したパートナーとの睦み合いもNGである。
 何故なら、摂取したパートナーの唾液等から成分が流入してしまう可能性があるから。
 実際、カナダでピーナツアレルギーを持つ少女が、それを食べた彼氏とキスして亡くなっている事例がある。

だから、きちんと消化されるまで濃密な接触は禁止だ。最低でも数時間。
 私もわりと重度だから、その旨ちゃんと伝えてあったのに、こいつは今日のお昼に食べたらしい。
 超久々のデートなるから、すごく楽しみにしてたのに。
まあ話題にしたのはもうずいぶんと前だし、アレルギーの事を覚えてただけでもありがたいけど、うっかり過ぎる、間が悪すぎる。

「うがー、こらそこ! 俺を刺激すんなよ! 我慢できなく……なるだろうがぁ」
 小首を傾げて呼び出した私の中の最大の可愛さは、ものの見事に効果を発揮したようだった。
 困った事に逆の意味で。 
 荒げる声で私を叱り、泣きそうにだんだんと萎む声。
 最終的には堪えるような力みを持って、潤んだ瞳を向けてきた。
「俺、耐えられる自信無くなった」
 不機嫌な声で鋭い視線を私に向って投げつけて、あなたはぐっと黙り込む。
「あたしのせいなの!? なんなのその目は? 冗談じゃない!」
 向けられたその視線が私の癇に障って、抑え込もうと頑張っていた怒りが気付くと口をつく。
「そ、そんなこと言ってねーだろぉ」
 驚いてあなたは多少たじろぐけれど、すぐにいじけた様子に戻る。
「そりゃ、好きでなってるわけじゃないんだし、仕方ないとは思うけど」
 そんな中でもじわじわと、自分が悪いと思えて来たのか口籠りながら意見を述べる。
「それでも、楽しみにしていたものをお預けになったんだからいじけるよ」
 その言葉を聞いた途端、堪忍袋の緒が切れた。
「あんた、傷ついてんのが自分だけだと思ってんの!? あたしだって、あたしだって! 楽しみにしてたのにっ! 一か月も、いっか」
 怒鳴っていたら勝手に目から涙がこぼれた。
 そんな私にぎょっとして、あなたはわたわたし始める。
ぽろぽろと涙を落とし続けると、焦ったように、けれどもそっと抱きしめてあなたが私に囁いた。
「ごめん。ごめんね? 同じ気持ちだったよね」
 まるで小さな子供を宥めるように、落ち着くようにと背中を叩く。
 なんか、私がしでかしたみたいじゃない。
問題をすり替えられてるような気がして、なんだかずるい。
「もとはと言えば、あなたのせいじゃない」
「あい、すいません」
「触れ合えなかったからって浮気しないでね」
「……善処します」
「あんだって?」
「しませんしません、絶対しません!」
 弱々しくつぶやく私は、その返答に睨みを利かす。
「また来月までお預けかぁ」
 寂しくなってぽつりと私がつぶやくと、あなたが意地の悪い笑みを浮かべる。
「そん時は、たっぷり満足させますぜお姫様」
「んもう! ばかっ!」
ぽかすかあなたの頭を叩いて、目を合わせると微笑みあった。
 
いつかまた、この時の話をしようね。
笑い話のひとつとして。

【完】

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