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知らぬは本人ばかりなり4

~幼馴染みのボクらの話 シリーズ 4~

大きなホワイトボードが目立つ、無機質な部屋。
半分はバンドセットで埋め尽くされている。
「やあ、花穂ちゃん。よく来てくれたね。これからよろしく」
迎え入れたテルがにっこりと笑う。
「テルくん。あたしまだ、決めて無いんだけど?」
向けられた笑顔に花穂もにっこりと笑顔を返して、爽やかにそう返す。
「えぇ? 寂しいなぁ」
テルはその返答に、眉を下げつつ苦笑した。
「正直ここで断られると、ちょっと困っちゃうんだよね。近いうちにハウスを借りてライヴもやるし。俺らのサポートして貰わなきゃいけないから」
そこで言葉を一旦切ると、花穂の目をひたと見つめる。
「新たな信頼関係を築くには、今は時間が惜しい。その点で花穂ちゃんならその関係はばっちりだし。しっかり屋さんで安心も出来るから、これ以上の適任はないと思ってるんだ。だから、出来れば花穂ちゃんにお願いしたいんだけど、どうしてもダメかな?」
そう問われ、花穂は困却する。
「頼れるのは花穂ちゃんしかいないんだよねぇ」
そのしょげた瞳に押されて、花穂が音を上げる。
「んー降参!! そぁんな顔で頼まれたら、断れるわけ無いじゃない!」
お手上げだとばかりに叫ぶ花穂の言葉を聞き届けると、テルは安心したように笑う。
「ありがとう」
「どういたしまして」
そう言って花穂は、芝居がかった礼を返す。
「でも花穂ちゃん、ほんとはもうやるって決めてたんでしょ? なんせ、頑固な幼なじみに切り出されたんだろうから?」
悪戯っぽく聞かれて、花穂はまぁねと苦笑する。
「テルくんも、分かってて言うんだもん。参っちゃうわよ」
やれやれと今日何度目か分からない溜息を吐く。
「あたしでお役に立てるんなら、どーぞ。使ってくださいな」
花穂は両手を挙げて肩をすくめるとそう言った。
ここに来る前に括った肚に、更に強い念を押されて、花穂の完敗だ。
「はぁーあ。完全に作戦負け。……ん?」
呆れたように話す花穂は、言いながらふと違和感を感じて言葉を止めた。
良く見れば、テル以外のメンバーが表情を凍らせている。
どうしたの。と花穂が口を開きかけたその時。
「ハウスでのライヴぅ!?」
大介と、もう一人のメンバーである幸弥が驚愕の声を上げる。
「何だよ、それ! 聞いてないぜ!初耳だ初耳! どういうことだよ!?」
すかさずそう聞き返したのはもちろん大介で、その言葉を皮切りに幸弥も騒ぎ出す。
「何だよ! 俺、そんな覚悟ねーぞ!!」
幸弥は短い髪をツンツンと立てた活発そうな少年である。
バンドのメンバーと言う事で、花穂とは面識はあったが、クラスも違っているためにこれといった接点はなかった。
意見が一瞬の間に飛び交いもはや何を言ってるのかさえ聞き取れない。
さながらそこは雑踏の中のようだ。
「まぁまぁ、みんな落ち着いて。これじゃあ、話すものも話せないよ」
テルは両手で制する仕草をして場を落ち着かせると、続けて諭すように言った。
そして一同を見渡すと静かに笑う。
「みんなぁ。気持ちは分かるけど、人の話は最後まで聞こうね?」
口調は穏やかだが声質に少し強みを含ませたテルの言葉に一同が息を飲む。
 怖い。笑顔が怖い……。
穏やかに笑うテルを見て、しかしこれぞまさしく鶴の一声だと花穂は苦笑した。
「じゃ、話。続けるよ」
そう言って立ち上がると、固まり続ける二人を気にもかけずに、ホワイトボードに決定事項、段取りを書き出し始めた。

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