が、気になった。~木曜日~
当たり前のように彼女は本を読んで いた。
通りすがりに見た彼女の姿に驚いて思わず二度見してしまう。
彼女は 、その瞳から涙を一筋流していた。
その時彼女が顔を上げ、思わず足が止まった俺と目が合った。
初めて あわせた顔は驚きに満ちていて、 濡れた瞳 にドキリとした。
彼女は慌てて涙を拭って、 気まずそうに笑うと会釈する。
俺もまた会釈を返して、 足早に その場を立ち去った。
まさか 懸念していた『他人との鉢合わせによる気まずさ』が起こってしまうとは。
しかも相手が俺になろうとは、そんな事微塵も 思っていなかった。
気まずい 。非常に気まずい 。
今日はもう、一瞬たりとも振り向けない 。
予想外の事に 心臓が ドキドキしている。
一秒でも早く この場を去りたい。 エレベーターよ、早く来てくれ。
胸の鼓動が早まって、 わずかに息が吸い辛い。
彼女は今、どんな表情をしているだろうか。
やっぱり 気まずさに耐えられず、 席を立ってしまっただろうか。
それともそれすら出来ないで、ただ身を縮めているのだろうか。
案外俺のことなんか気にしてなくて、 さっさと 本の世界に戻っているのかもしれない。
いずれにしても、 恥ずかしい思いをさせてしまった。と、申し訳ない気持ちになる。いや、お門違いな気がするけれども。
初めてまともに彼女の顔を見た。
印象はいつもと違い、少し大人っぽく見える。
横顔と正面でこうも印象が違うとは、思ってもいない事だったので、それがひどく意外だった。
それがほんの少しだけミステリアスで 、一体彼女はいくつだろうと、そんなところが気になった。