子供のような顔で笑って
「好きそうだな、これ…」
通りすがりの雑貨屋の商品棚に置いてある、掌に収まりそうな大きさのリンゴのオブジェが目に入り、真輝は立ち止まる。
目立つようにディスプレイ棚にの上にちょこんと乗っかるリンゴの置物。
全体的に赤色で、緑色の枝までついている。
何に使うかは分からないが、とにかく恵美が好きそうだ。
瞬間的に笑顔が浮かぶ。
プレゼントしたら、喜ぶだろうな。
嬉しそうに笑ってくれたら、俺の機嫌は最高へと転じるだろう。
考えただけで口元が緩む。
ちょっといじけていただけに、このめぐり逢いは嬉しかった。
祖母のメグミに頼まれて、近所の大型スーパーにおつかいに来た真輝と恵美。
どんな理由であろうとも、二人で出かければ立派なデートだと、秘かに喜んでいた真輝だったが、当然ながら恵美はただの買い物としか思っておらず、その温度差に悄然と肩を落としていた。
せっかく恋人同士になれたというのに、恵美はどこかあっさりしていて少し悲しい。
そのくせメグミの事は大好きで、いつでも顔を輝かせるのに。
「悪いな。ばーちゃんが顎で使って」
「ううん、いいの! メグミさんのお役に立てて嬉しいわ」
話題にしただけでこれである。恋人としての立つ瀬がなくて、ちょっと悲しい。
「買ってくるから、ここで待ってて」
挙句の果てには同行も拒否され、軽く落ち込んでいたところに巡ってきたチャンス。
これで少しは意識がこちらに向くかもと、期待が胸に広がる。
恵美の為と言いつつ、自分の為に真輝はすんなりとガーリーな雰囲気満載の店に入っていった。
「おまたせ!ごめんね、真輝」
「ううん。ばーちゃんの買い漏らし、買えたのか?」
「うん、バッチリ!」
戻ってきた恵美の荷物を持ってやりながら問うと、恵美はありがとうと微笑みながら頷いた。
真輝も優しく微笑むと「そうだ」と肩にかけていたバッグから小箱を取り出す。
「これ……」
「なぁに?」
照れくさそうに差し出された紙の袋を見て、恵美は真輝の顔を見る。
作業している間に戻って来ては大変と、ラッピングはして貰わなかった。
店のロゴ入りの紙袋から中身を取り出し、薄いビニールで包まれた小ぶりのリンゴを目にした瞬間恵美は嬉しそうに顔をほころばせる。
「わあー、カワイイー!!」
案の定、目を輝かせた姿を見て真輝は心の中で拳を握った。
「好きそうだから買ってきたんだよ」と笑うと、恵美はほんのり頬を染めながら嬉しそうに笑う。
「ありがとう、真輝!」
その笑顔の可愛さが想像以上で、真輝は心の中で盛大に拳を突き上げて喜んだ。その間に恵美はリンゴを見回して、いったい何に使うものかを確認していた。
「ねぇ。これ何? 開きそうだけど。品名、書いてないよ?」
「さぁ? 置物かと思ったけど。開きそうなら小物入れなんじゃないのか?」
商品の周りにも説明文はなかったぜ。と付け足す真輝に、不思議そうに恵美がリンゴを見つめる。
リンゴの真ん中にうっすらと切れ目があるので、開く事は確かなようだ。
お互い視線を交わし、左に右にとリンゴを傾けて用途を探った。
そうして適度に重いリンゴを持ち上げ底を覗き込むと恵美が声を上げる。
光を反射するリンゴの表面とは反対に少し陰りが見える底面に、商品名と用途が記載されていた。
「真輝これ、リップクリームだって!底に書いてあったよ」
謎を解明した達成感にすっきりとして、恵美の声は明るい。
「本当だ……。気付かなかったな」
そう真輝は頭を掻いた。
「早速つけちゃおうっと。あ、真輝は向こう向いててね!」
恵美はうきうきと、手に持ったリンゴの蓋を開けるとそう言った。
「え、なんで?」
驚いて真輝が問えば、帰ってきたのは微々たる恥じらいを含んだ声。
「だって、化粧してる姿みられるの恥ずかしいんだもん!!」
ちょっぴり尖ったその声に頷いて真輝は苦笑して、指示通りに後ろを向いた。
しかし、すぐに残念な気持ちが襲う。
恵美が可愛らしくなる様を見たかったのに、と。
あまり見たことはないが、こちらに来てから化粧品のCMなどで目にする女優の化粧を施す様は、どことなく神秘的というか不思議で、なにかとても美しいものを見ている気になる。
だから恵美もきっとそれと同じで、綺麗で不思議で。たぶん可愛らしさが加わるだろう。
そんな姿が見られないのが、真輝は残念だった。
「わぁ!これ、ちゃんとリンゴの香りもするんだぁ!いいにおーい」
「……」
背後から聞こえる上機嫌な声に、極上の笑みを浮かべているだろう事が容易に想像出来る。
そんな姿が見られないことがますます残念であり、悔しさが増してくるものだから情けない。
真輝は、我慢できずにチラリと目線を向けてみる。
「香りがするってことはさぁ? リンゴの味がするってことかなぁ?」
などと弾む声で言いながらクリームを塗っていく。
そんな姿が可愛くて。
「ねえねえ、どうかな真」
嬉しそうに振り向いた恵美の言葉は、輝まで紡ぐことが出来なかった。
唇に触れる柔らかな感触と、塞がれた視界に目を瞠る。
「な!?んなっ…にすっ!?」
視界が開けて、何をされたか理解した恵美は、爆発するほど顔を茹で上げ目を回す。
己の唇に、触れたのは真輝の柔らかな唇で。
真輝は恵美に会心の笑みを浮かべると、嬉しそうにそう言った。
「だって、リンゴの味がするかどうか。確かめたかったんだろ? だから、確かめたんだよ」
その笑顔に恵美はますます顔を赤らめて、眉根を寄せて声を荒げた。
「だからってこんな方法で実行しないでよ!!もうっ!」
「ははっ!」
真輝は笑い、恵美は頬を膨らせる。
「公衆の面前でこんなことするなんて、非常識だわ」
「え~?そうかな?」
「そうよ!!」
心底悔しそうな恵美の声と心底楽しそうな真輝の声は、青く広い空に吸い込まれて消えていった。