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春の分蜂

春は日本みつばちの分蜂シーズン。
養蜂家にとって一番ワクワクする季節の到来です。

花が少なく花粉や花蜜を集めることができない冬の間、巣箱の中でじっと身体を寄せ合って暖を取り、冬までに蓄えた蜜を少しづつ消費しながら越冬するみつばち達。
花が咲き、新芽が芽吹く春の訪れとともに活発に活動しはじめます。

そして春は、新しい女王蜂が誕生する季節。
1群に1女王蜂が鉄則のみつばち社会では、新しい女王蜂が生まれると、古い女王蜂は群れの約半数の働き蜂を連れて引越します。

新しい女王蜂が生まれることで、1つの群れが2つに分かれる。
これを分蜂(ぶんぽう)と呼びます。

人間社会の感覚では、元々の家主である古い女王蜂が残って、新人である新女王蜂が出て行くものと思いがちですが、みつばち社会のルールは逆。
出て行くのは、古い女王蜂の方なのです。

みつばち達をよく観察していると、1匹が個として存在しているわけではなく、群れ全体を、時には種全体をひとつの個と捉えているような印象を強く受けます。
特に春の分蜂は、みつばち達の民主的な秩序社会を知る最も重要な季節といえるでしょう。

女王蜂の一生

女王蜂の寿命は2~3年といわれています。
働き蜂の寿命が夏場で30日、冬場で140日程度なのと比べると、圧倒的な長さです。

仕事は産卵専門で、羽化して1週間ほど経つと巣外に飛び立ち、繁殖シーズンにしか生まれない雄蜂と交尾飛行をすることで一生分の精子をお腹に貯蔵します。

産卵が仕事なため、働き蜂と比べてお腹が大きく飛ぶのが不得意な女王蜂は、交尾飛行中にツバメなどの外敵に襲われてしまう危険性も高いのですが、同じ巣の雄蜂との近親交配を避けるため、周囲の巣の雄蜂たちと上空のどこかに集合して交尾を行います。

上空のどこで、いつ集合するのかなど、交尾飛行についてはまだわかっていないことが多いそうですが、そもそもみつばち達はお互いの巣同士で情報を交換し合っているのでしょうか?
それとも体内時計のようなものが備わっていて、その時がくればわかる仕組みになっているのか…。
どちらにせよ、みつばち達の高度な知能に驚かされます。

10~20匹ほどの雄蜂と交尾をして一生分の精子を得た女王蜂は、巣に戻ってからは寿命が尽きるまでひたすら卵を産み続けます。
1日に1000個以上もの卵を産むんだとか。

お腹の黒いひときわ大きいのが女王蜂

「女王」という名は付いているものの、女王蜂に決定権はありません。
みつばちの群れにリーダーはおらず、意思決定は働き蜂たちの実に民主的な会議によって決定されています。
女王蜂の役割は、群れを統率することではなく、群れを維持するための産卵を一手に担い続けることなのです。

探索蜂たちの会議

新しい女王蜂に巣を明け渡した分蜂群は、引越し先を探さねばなりません。
分蜂がはじまると、経験豊富な働き蜂の中から100~300匹ほどの「探索蜂」が選任されます。
探索蜂は新たな巣の候補地を探し、戻ってきてお尻をふりふり振りながらダンスで報告をし合います。

言語をもたないみつばちは、ダンスで情報を伝達しています。
いわばダンスは、みつばち達の会議。

日当たり、風通し、雨漏りしないか、障害物はないか、外敵が入る隙間がないかなど、入念にチェックを繰り返し、これはと思う候補地が見つかればダンスで報告し合って、実際に見に行って審議し、自分が見つけた候補地よりも良い候補地であれば同じダンスで賛同します。
そうやってより多くの探索蜂から支持された候補地が、新しい巣となるのです。

養蜂家は分蜂シーズンに合わせてみつばち達が気に入りそうな場所に空の巣箱を置き、探索蜂に見つけてもらうのをひたすら待つのですが、敏感で繊細な野生のみつばちを人間の作った巣箱に誘うのはそう簡単なことではありません。

↓待ち箱に探索蜂が来ている様子。

何匹も飛び回って入念にチェックしているのでそこそこ気に入ってくれているようですが、数日後には1匹も来なくなりました。
より良い候補地を見つけたのでしょう。

有力な候補地になった場合には、候補地が他の群れに取られてしまわないよう、お泊り蜂という引越し当日まで巣に帰らずにずっと場所取りしている探索蜂の姿が見られます。

春の分蜂シーズンは、人間社会でいう春の移動シーズン。
良い物件が早い者勝ちな引越し事情は、みつばちも人間も一緒のようです。

分蜂蜂球

さあ、新居の候補地が決まればいよいよ引越しです。
分蜂がはじまり、一斉に巣から飛び出したみつばち達は新居に一直線!というわけではなく、一旦近くの大きな木の枝などに止まって塊になります。
これを、分蜂蜂球(ぶんぽうほうきゅう)といいます。

栗の木に止まった分蜂蜂球

基本的には探索蜂が候補地を絞った後に分蜂しますが、新しい女王蜂が誕生する前に出ていかなければならないために、まだ最終的な候補地が決定していないまま分蜂するケースも多いようです。

そういう場合は、分蜂蜂球になってから探索蜂が候補地を探索、戻ってきてはダンスで報告→審議→決定→入居の流れになるようです。

なかなか候補地が見つからずに、分蜂蜂球のまま1週間ほど過ごす群れもあるんだとか。
時折、民家の軒下や床下などにみつばちが巣を作っていることがありますが、到底みつばち達の好むような場所ではないのになぜ?と不思議に思っていました。
なかなか新居が見つからず、お腹も空いてもうこれ以上の野宿は危険だと判断した上での「ここでいいや!」なのかもしれませんね。

自然入居の恵み

養蜂家が飼育箱を増やすには、分蜂して分蜂蜂球になった群れを網などで捕獲して巣箱に入れる「強制捕獲」と、分蜂した群れが自然に巣箱に入居してくれるのを待つ「自然入居」の2つの方法があります。

時生屋では、飼育や搾取ではなく共生関係を築く姿勢を大切にしているため、自然入居のみの増やし方で続けています。

自然入居を待つ待ち箱

探索蜂が何日も前からあちこちをくまなく探索し、群れが安心して快適に暮らせる候補地を見つけ、仲間と審議して、何度も何度も通って決める新居。

私たちが用意した巣箱が、みつばち達の総意によって最良の家だと認定された喜びは、自然から恵みを与ったような、何度味わっても言葉では言い表せない感動があります。

けれど、たとえ強制捕獲で巣箱に入れられても、そこが気に入らなければすぐに逃亡してしまう日本みつばちの野生所以の自由さは、人間がコントロールできるようなものではなく、強制捕獲でも自然入居でも森の中の木の洞でも、みつばち達にとって最良の家さえ見つかればそれで良いのだと思います。

今年もはじまった分蜂シーズン。
分蜂した群れがそれぞれに最良の家を見つけられることを祈って。
時生屋の巣箱が、少しでもお役に立ちますように。



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