妖怪諜報部
河童族の最後の末裔である僕は、山中より転び出るや、濡れそぼったアスファルトに無様に倒れ伏し、腹這いの姿勢で、しばらく動かずにいた。
雨上がりの曇天の下、湿った風が吹き抜けるたび、竹林がさわさわと揺れる。
顔のすぐ横の側溝を、水がちろちろと小気味良い音を立てて流れている。
それは、あの薄暗くて心地良い鍾乳洞——『河童の隠れ里』を出立し、三日にわたる行軍の末、ようやく人里に辿り着いた朝の事であった。
30分程そうしていただろうか。傍で黙って膝を抱えて座っていたジェミが口を開いた。
「いい風だねぇ」
彼女は赤児の頃に山中で拾われ、河童の眷属として育てられた人間族の娘——僕とは幼馴染だ。
「だねぇ」
そしてもう一人——
「あ、おじさんが帰ってきたよ」
腹這い姿勢のまま、頭をもたげる。
父さんが住宅街の方角から戻ってくるのが見えた。
僕と父さんは、人里への潜入にあたり、姿を人間のそれへと変化させている。
「間違いないぞ。やはりこの先のアパートがそうだ。」
◆
どこか風情のある街並みに入り、入り組んだ小道を何度か曲がると、それは姿を現した。
古びたアパートの門脇に『第四逢魔ヶハイツ』と表札が出ている。
この建物の701・702・703号室で僕らは、それぞれ別々の秘密指令を受けるのだ。
二人と別れ、『703』の部屋に入ると、薄暗い空間が出迎えた。
テーブルの奥に、ヴェールで顔を覆った大柄な男が座している。
その手前には、上背のある青年が立っていた。
「ようこそ。私は職員のN-863号。鬼族です」とヴェールの男。
「私は砂鉢ライ。牛鬼の者です。よろしく」と青年。
「水洞レニ。河童族代表です」
諜報部建物内とはいえ、これから任に当たるので、お互い人間の姿のまま握手を交わす。
「さて。早速ですが、貴方達に隠密ミッションをお伝えいたします。」
N-863号はそう言いながら、顔の前で複雑な印を切り始めた。
「お二人には、宇宙へ行っていただきます。」
【続く】