R.E.T.R.O.=/Q #6
じり……
拳を構えたまま、円弧を描くように脚を運ぶ。
私は暗殺者(アサシン)だ。
このベルトだらけのボディスーツには、一見してわからないが、無数の暗器が仕込まれている。当然、どの武器も《風水術》によるエンハンスメント済みだ。相手が何処から打ってかかってきても返り討ちにすることができる。
近接戦闘こそ必殺の間合い。相手の懐に踏み込んで殺害する手が何十通りも瞬時に脳裏に浮かび、最善手を高速シミュレートする。
先ずは致死毒の投げナイフを投擲。動きを封じて距離を詰め、ブーツに仕込んだ刃でアキレス腱破壊、同時に袖に隠したデリンジャーを死角から撃ち込み肝臓腎臓破壊、ベルトのバックルに仕込んだジャマダハルで心臓を貫く。更に態勢が崩れたところをワイヤー絞殺、脊椎まで砕く。ここまでで3秒。
人間が相手ならば一息で四度は殺せる。
相手が人間ならば。
(ハイヤーッ!)
予備動作なしに5本の投げナイフ射出! 両眼球、喉元、鳩尾、股間に狙い過たず飛来!
だが!
「フンッ!」
残像が見える程の速度で腕を動かし、神無月は全部の投げナイフを指で掴み取ってしまった。指先からは猛毒の液体が滴り落ちている。その頭上に緑色の文字で【状態異常:毒】の表示が浮かんだが、一瞬で消えた。馬鹿な!
だが既に私は走り出している。接近の際の蹴り出しで、踵に鎌状ナイフが展開。相手に密着する程の位置。死角から繰り出したナイフで腱を切り裂きながら、袖口から滑り出たデリンジャーの引鉄を引き終えている。
「グウッ!?」
何が起きたか分からなかった。私の全身に衝撃が走っている。一瞬遅れて状況を把握する。神無月の腕が私の首を鷲掴みにし、壁に叩きつけたのだ。
鎌状ナイフも銃弾も、手応えはあったというのに……ほとんど効いていないというのか!
「貴様もここで処刑してくれよう。」
神無月は無表情に呟くと、もう片方の手でパンチを繰り出した。
ゴゥン!ズドォン!
「…………!!」
拳が鳩尾部にヒットしている。想像以上の威力に呼吸が止まりそうになる。声が出せない。背後の石壁が粉砕しているのが分かる。
このボディスーツとて只の耐刃レザーではない。【蹲花入(うずくまるはないれ)】という旧世紀レリックたる花器が練り込まれてある。陶芸品は人工物だが、陶芸家の精神が大自然にコネクトした結果生まれた境地、ワビサビがそこにはある。ワビサビは自然物そのものにも匹敵する強力なガード要素となり、重甲冑にも勝る防御力を生み出すのだ。加えて私自身の肉体も鉄のように強靭。なのに……!
ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!
既に喉元の手は離れ、超音速のパンチが両手で間断なく叩き込まれる。壁に釘付けにされて動けない! 手首に隠した毒鎌を展開して反撃を試み
ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!
意識が白みかける。まずい……精神をフラットに保たなければ……《心頭滅却術(エンライトメント)》によるガードが崩れてはならない……!
ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!
意識を……
ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!ゴゥン!ズドォン!
(エド……?)
その時、霞んだ視界の端で何かが動いた気がした。
私はそれをエドだと思った。
神無月は攻撃を中断してそちらを振り返った。
私は床に崩れ落ちた。
朦朧とした意識のなか、剣を手にして神無月の前に立つ男の姿が見えた。
それは両眼球から強烈な常盤色の光を放つ、この街の住人、適合者ジョン・アルバトロスだった。