R.E.T.R.O.=/Q #5
私は一心不乱に駆けた。
適合者を担ぎながら《跳躍》に次ぐ《跳躍》を繰り返すうち、背後で聞こえていた戦闘音が不意に静まっていることに気づいた。
何かを感じ、私は立ち止まった。
「お……降ろしてくれないか」
肩に担いでいた男が弱々しく呻いた。
前方には一際光り輝く扉。
これを抜ければ《薄明の領域》、すなわち評議員が侵入できないエリアに入ることになる。ミッションは成功する。
ドガァァン!
後方で一際大きな爆砕音。振り返ると、瓦礫が降り注ぐ中、コンスタンティン神無月が立っていた。
「随分と手こずったぞ……!」
その怒気を含んだ声色は、若干いつもの冷徹さを欠いているようにも聴こえた。
神無月の前には何か巨大な構造物が倒れている。粉塵が晴れるにつれ、木の枝と石壁が一体化したようなものが視界に入ってきた。
倒れた壁に自ら縫い付けられるような形で、剣を床に突き刺したまま仁王立ちの状態で立往生したエドゥアルトの姿があった。バイタル表示が無い。絶命している。バスタードソードからは剣身を突き破って若木の枝が四方八方へと伸び、剣自身とエドの両脚とに絡みついて、強固に床へと固定していた。枝は更に伸びて網の目状に絡み合い、石壁にきつくめり込んでいた。
それは、敵をこれより一歩も先に通すまいとする、騎士(ナイト)エドゥアルトの断固たる最後の意思の表れであった。
このまま踵を返して扉を通過すればミッションは達成する。ここで戦闘して全滅しては、命を賭したエドの遺志すらも無駄になる。ミッションの最優先事項は適合者を連れ帰ること。《エヴァーグリーン》は最悪放置しても取りに戻ればいい。奴には破壊不可能だろう。
神無月との距離と、扉までの距離とを目測する。
……追い付かれる。
「こいつはここで消しておくぞ……」
神無月はエドの顔面上部を覆うマスクに手をかけた。
「……! やめろ!」
ぞっとして私は叫んだ。
《黒曜石の仮面》。通称「自我マスク」。顔面上部を覆うベネチアンマスクのようなデザイン。この街にログインして自我を保ち、なおかつ、肉体を維持しながら行動するために不可欠のアイテムだ。それを引き剥がされたら……私達は……!
神無月は無造作に仮面を剥ぎ取ると後方に放り捨てた。エドの素顔が一瞬露わになった。私の愛したその素顔が。
次の瞬間、エドの全身が光の塊となった。風に吹かれた砂塵のように、光の粒子はさらさらと街へと散って消えて行った。エドは完全に消滅した。
目の前が真っ白になる程の怒りに、血が滲むまで拳を握りしめ、冷静さを保つ。
私は適合者を少し離れた位置に降ろすと、神無月に向き合い、戦闘姿勢を取った。
殺す。