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【落語】スベスベマンジュウガニこわい

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うなぎ亭ぽにょ蔵エンターテイメント:02

【スベスベマンジュウガニこわい】

巫蠱というものがある。例えばサソリ、ムカデ、毒グモ、毒ヘビ、毒ガエル……毒を持つあらゆる生物を一つの甕の中に放り込んでバトルロワイヤルさせる。最後に生き残ったやつから取り出す毒は「蠱毒」と言われ、一際強い毒で人を殺すという。古代の暗黒呪術である。

さて、ここに高名な師匠の元に集い、寝食を共にしながら巫蠱修行をする者たちがいた。今日も今日とて、若い衆が一堂に会して、自分が一番好きな毒生物を言い合っている。「俺はヤドクガエルが好きだな。吹き矢にも使えるし、なにより綺麗だろう。」

「べらんめェ、キングコブラが一番だぃ。象だってイチコロよ。」とワイルドな孟さんが言えば、「いやいや、やっぱりヒョウモンダコだろう。温暖化で日本でも獲れる。」流石は毒好きの集まり、大いに盛り上がる。「張さんはどうだい」「あたしゃウナギの生き血」「こりゃまた渋いねェ」

他にも「カツオノエボシ」「アンボイナガイ」「マウイイワスナギンチャク」「ペルビアンジャイアントオオムカデ」など挙げればキリがない。巫蠱を学ぶ者、毒への愛が恐怖を上回っている。じゃあ今度は自分が怖い物は何だ、という話になった。

「俺っちは饅頭だな。特に栗饅頭が怖い」「じゃああたしは揚げ饅頭が怖い」「おっ、そうきたか。じゃあおいらは葛饅頭」「何だみんな甘党か。張さんは?」「…野沢菜のお焼き」ワッハッハッハと一同が大笑いしているところを、知らん顔で通り過ぎようとした者がある。

「おう、おう留吉」「無いよッ!」「なんだい、まだ何も聞いちゃいないじゃないか。何饅頭が怖いかって話をして皆で遊んでるんだよ。…で、お前は何饅頭が怖いんだい?」

「……饅頭は怖くない。」

「マジレスか」「茶饅頭も麩饅頭も薯蕷饅頭も葛饅頭も酒饅頭も焼き饅頭も揚げ饅頭も大好きだからなッ! 俺に怖い饅頭など無いったら無いッ!」「しかもそんなに饅頭好きなのか」

この留吉という男、半年程前に入門した末の弟子なのだが、兎に角天邪鬼で、右といえば左、左といえば右といった有様で、兄弟子達と打ち解ける様子がまるで無い。それでも今の問いかけは無茶振り過ぎたかなと兄弟子が反省しかけた矢先、留吉が蒼ざめて小刻みに震え始めたではないか。

「ん?どうした留公、具合でも悪いのか?」「…………あ、ある…。」「え?」「一つだけあった……怖い饅頭が……。」「なんだい大袈裟な。言ってみな。」

「……スベスベマンジュウガニが怖い。」

一瞬の沈黙が場を支配する。スベスベマンジュウガニとは毒生物の一種である。食べたりなどすれば死ぬ危険性がある。とはいえ、巫蠱の道を望んで志す者、誰一人そんなものを恐れたりはしない。しかし留吉の口調は冗談で言っているようにも見えなかった。

「そりゃあ饅頭じゃなくて蟹」「ウワアアアアアアアアアン!!!」危険な回転パンチ!「グワーッ!!」詳しい事を尋ねようとすると留吉が泣いて暴れるので、兄弟子達は仕方なく総がかりで抑えつけ、やっとの事でキュッと…こう、キュッとして土蔵の奥に寝かしつけた。

兄弟子達はすっかり疲労し、母屋の台所に引っ込んでしまった。勝手口から見える離れの土蔵からは物音一つしてこない。「一体全体どういうことだいありゃあ。」「わざわざ巫蠱をやる奴がスベスベマンジュウガニなんぞを怖がるもんかなぁ?」皆どうにも解せない。…その時である!

バルルルルルルーン!!

荒野の大地をどよもすスクーター音!背後には濛濛たる土煙!おお…その勇姿はまさしく…見間違えようもない。暗黒八百屋、三途河屋の毒三郎である!得意先を御用聞きにスクーター巡回しているのだ。「ちわーっす」「おお、サブちゃん」

「今日はどうしやすか」「そうさなァ…ムカデとサソリを10ダース位頼もうか。ああ、それとブラックマンバが一匹欲しいんだが手に入るかね?」「わかりました、ちょいと調べてみましょう」「オイ、それよりそのスクーターに積んである大層な葛籠は一体何だい」確かに荷台には見慣れぬコンテナが一つ。

「ああ、アレね、全部スベスベマンジュウガニですよ。オヤジが誤発注で200万ダースも頼んじまったんで、積めるだけ積んで売り歩いてるッて訳で…。まだ10万ダースは残ってるかな」「そうか、それ、全部くれ」「エッ、正気ですか!?」こうして弟子の一人がコンテナごと即金で買い取ってしまった。

「まいどありー!」バルルルルルルル…。身も心も軽くなった毒三郎は去ってゆく。「王さん、そんなに買ってどうするつもりだい。新しい術式でも思いついたかね」「そうじゃない、留吉の枕元にこれを置いたらどうなるか、一つ見てみようじゃないか」イタズラにも程がある!

だが若気の至りというべきか、何人かは面白がって留吉の枕元にスベスベマンジュウガニの葛籠を運び込んだ。

そして土蔵の扉が閉ざされた。

丑三刻。弟子の一人が、寝床から離れた何処かで、地を這うような、恐ろしげな呻き声のような音がするのを耳にした。赤々と煮立つ地獄の大釜の…遥か異次元の宇宙的深淵の…とにかくなんかそんな感じの音を。空耳、或いは夢現での幻聴か?しかし、目を覚ましたのは彼一人ではなかった。

物音は次第に大きくなった。「ありゃなんだべ?」「土蔵の方からだな…あっ」そこで彼らは思い出した。昼間、土蔵に留吉を寝かせたままだったことを。しかしこれは一体何の騒ぎであろう。

様子を見に行くと、果たして地獄の轟音の発生源は土蔵の中であった。鉄扉は堅く閉ざされ、今や壁じゅうに入った亀裂からは内部からの禍々しい赫き光が漏れ出している。そして人間のものとは思えぬ呻き声。「スベスベマンジュウガニコワ…グワアアア…!」ズーン!ズーン!大質量のぶつかり合う音。

果たして何が起きているのか…集まった者達は茫然として眺めるばかり。その真相はこうである!留吉の枕元コンテナからスベスベマンジュウガニ120万匹が這い出た瞬間、空中スベスベマンジュウガニ濃度が呪術的閾値を超え、土蔵内は瞬時に巨大な蠱毒の場と化したのだ!

相喰むスベスベマンジュウガニは次第に数を減らし、同時に勝った個体は巨大化していった。そしてこの場のバトルロワイヤル参加者は他にもいた。他ならぬ留吉である!蠱毒空間が形成された瞬間、彼もまた毒生成素材として呪術的に再定義されたのだ!「キャオーン!」ドシーン!「グワアア!」ズズーン!

「キャオーン!」ドシーン!
「グワアアア!」ズズーン!
「キャオーン!」ドシーン!
「グワアアア!」ズズーン!
「ゴアアアア!」ドドーン!
「ギャアアアオ!」ゴゴーン!
「キャオーン!」ドシーン!
「グワアアア!」ズズーン!
「ゴアアアア!」ドドーン!
「ギャアアアオ!」ゴゴーン…!!

やがて物音は静まってゆき、今や歪んだ土蔵からはぶすぶすと蛍光緑の煙が立ち昇っていた。錆び果てた鉄扉が内側から恐ろしい力で殴りつけられると、ガラガラと音を立てて壁諸共崩れ去った。そして瓦礫の中から何者かが歩み出た。

荒野の暁光を背に浴びて立つその影は…おお、筋骨隆々の巨躯は人間のそれだが、肘から先は蟹のハサミのようだ!そして分厚い胸板には明朝体で「す」「べ」の2文字が入れ墨されていた(字数制限が2文字だったのだろう)。

それこそは、全スベスベマンジュウガニとの闘いに勝利した留吉の姿であった…。彼らは、あろうことか、地上最強の毒人間をこの世に生み出してしまったのだ!

こわい!

(使用お題:スベスベマンジュウガニ)

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