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R.E.T.R.O.=/Q #8
私達の帰還は、凱旋とは程遠いものとなった。
扉と通路ばかりの《薄明の領域》を抜けた先、仮面着用者だけが辿り着ける私達「レトロ」の拠点がある。ジョンは私に触れることで共に扉を通過した。最後の扉をくぐると、それは突然目の前に現れる。広場のようなエントランス。巨大な卵型の空洞が、吹き抜けとなって数十階にわたる階層の中央を貫いている。各階では放射状に廊下が延びて内部で複雑に入り組み、迷宮のような構造になっている。張り巡らされた配線や配管を隠すように、錆びた鉄板を貼り合わせた床と壁が連なる、無骨な軍事基地だ。
私とジョンが基地に足を踏み入れるや否や、プラチナブロンドの華奢な印象の女性が、今にも泣き出しそうな表情で私に駆け寄ってきた。彼女は紅志田 志穂(べにしだ しほ)。レトロでは貴重な存在、巫女(ナビゲーター)だ。《街》に半コネクト状態となり、私たち戦闘員と視聴覚をある程度共有しながら遠隔ナビゲーションを行う能力の持ち主だ。それゆえ彼女は一部始終を見ていた。精神的なダメージはもしかしたら私より大きいかもしれない。
「オリー……オリー……! エドゥアルトが……!」
「うん…」
志穂は眉根を寄せ、涙を浮かべながら私を抱きしめた。私はハグを返しながらひどく虚ろな返事をした。もしかしたら私自身が、事の重みをまだ実感できていないのかもしれない。
彼女はナビゲーションルームからそのまま駆けつけてきたに違いない。テレパス伝導スーツを着替えてもいないし、手には紅色サングラスのヘッドセットを持ったままだったからだ。
「オレンジ、お帰り」
暫く志穂と抱擁していた私に、廊下から姿を表したジェニファー・葡萄葛(えびかずら)が声を掛けた。黒髪を後ろで結い、燻んだ赤紫色の部屋着を着用している。彼女も戦闘員だが、左手首から先の義手が戦闘に馴染むまでは待機命令が出ている。
「ジョン、紹介するわ。こちらは志穂。彼女はジェニファー。私の仲間よ。志穂、ジェニファー、彼がおやっさんの言っていた適合者、ジョン・アルバトロス。」
「「よろしく」」
ジョンは2人と握手を交わす。でもまだ自分の置かれた状況を全然理解できていないはずだ。
「すまないが……ここは一体何なんだ……?」
「これから説明する。とりあえず私に付いて来て。私達のリーダーに会ってもらう」
「オレンジ、私が代わろうか? あなたはもう休んだ方が……」
ジェニファーが心配そうに声をかけてくれた。私の顔色は青ざめて見えていたに違いない。
「ありがとう。でも、彼をおやっさんに合わせるところまでが私のミッションだと思ってる。」
私はジョンを連れ、薄暗い廊下を何度も曲がり、やがて錆びた鉄扉の前に辿り着いた。ノックをすると中から返事があった。扉を開け、私達は中に入った。
そこにはボロボロの革張りソファに脚を組んで座り、葉巻をくわえた壮年の男の姿があった。私達の組織の統括者、占い師(オラクル)、ホルヘ・カルロス・モラレス・大輪田。通称「おやっさん」だ。
皺の刻まれた褐色の肌に、縮れた白髪と白髭。鍔が波打つ釣鐘型パナマハットを被り、縁に金属の風切羽根装飾が施された丸レンズのサングラスを着用している。原色の絵の具をぶちまけたような柄のアロハシャツ、ジャラジャラした金のネックレス、麻のスラックス。
はっきり言ってめちゃくちゃ怪しい。
「オレンジ毘沙門、只今帰還しました。ジョン、彼が私達のリーダーよ。」
「やあ、オレンジ。エドゥアルトのことは聞いている。丁重に弔わなければならないな。そして君がジョンだね。ようこそ、待っていたよ。」
重苦しい空気を気にも留めていないかのような、なんだか妙に陽気な声が帰ってきた。この男は常にそうだ。
「君には色々と説明をしておかなければならないね。」
おやっさんは語り始めた。
◇◇◇
西暦最後の年、人類の半数以上が地球上から消失した。
《永久平和計画》。それは人類全体を一段階上の形而上存在へと押し上げ、自然の従属物から自然と対等の存在にしてしまおうという、途轍も無いものだった。
永久平和のためには人類から「個」の障壁を取り払い、一個の概念生命体へと進化させるべきである……。そのような理念に基づいていた。
この計画の主導者は世界中から選りすぐられた12人。しかし計画発動の土壇場で、その内の一人が反旗を翻した。生物学者、亀田 有歳(かめだ ありとし)。彼は自らを犠牲にして即身仏となることで、計画の完全遂行を食い止めてしまった。
結果、《永久平和計画》は歪な形で作動し、楔を打たれた世界は断層のように三つに分断されることとなった。
《永久平和評議会》が属する理想の桃源郷、《ハイヤーグラウンド》が誕生。残された低次元地球すなわち《外界》は、人類を失ったバランスを保つべく、原始のジャングルのような様相に変化を遂げた。そして分断された2つの世界の間に発生した、物理法則の曖昧な《街》。
即身仏となった亀田有歳の盟友であったホルヘは【逆進化薄明叛逆騎士団(Reverse Evolution Twilight Resistance Order)】、通称「レトロ」を樹立。《街》と《外界》との間に位置する《薄明の領域》に拠点を築き、人類をあるべき元の状態に戻すべく、《評議会》を相手に果てなき闘いを開始した……。
◇◇◇
「そういうわけで、まあ、言ってみればワシらはレジスタンスみたいなもんなのさ。」
いきなりこんな荒唐無稽な説明を聞いても納得はいくまい。案の定、ジョンが口を開いた。
「ちょっと待ってくれ……その話がおれとどう関係あるっていうんだ?」
「君は《エヴァーグリーン》という武器の能力を最大限に引き出して使える戦闘員適合者であることが判明している。」
「……そうじゃない、世界の仕組みやら、崇高な理念やらはどうでもいい。おれは《街》で平穏な生活を送っていたんだ。なのに、勝手に連れて来られたんだぞ!? 元の生活に帰してくれ!」
「評議員に狙われた以上、戻っても殺されるだけだぞ」
「それもあんた方が勝手におれを攫ったからだろう! おれはあんた方に協力する気はない!」
「……奴らは君の存在を嗅ぎつけていた。我々が行動を起こさなければ君は抹殺されていたはずだ。……とにかく、今となっては後戻りはできないのだよ。まあしかし、我々は君に何かを強要したりはしない。期待はしているがね。ミッションに参加せずとも、ここで暮らすことに文句を言う者はいないはずだよ」
ドン!
ジョンが激昂して壁を叩いた。まあそうなるだろうな。無理もない。これ以上話しても仕方がないので、私達は退出した。
◇◇◇
「ここが貴方の部屋よ。自由に使っていい。」
この部屋で暮らしていた人物はもういない。薄暗い殺風景な部屋ではあるが、《街》での住居とそう大差はないだろう。ジョンはベッドに腰掛けて頭を抱えている。
「なぁ……あんたもさっき言っていたような理想の闘士ってわけか?」
入り口に立っていた私は溜息をついた。気持ちは分かる。
「そうでもないわね。私も《街》の生まれで、ここに連れて来られた。理想に燃えているわけでもない。ここはそういう場所じゃないから安心していいわよ。闘いに加わらない者も沢山いるし、誰もそれを責めたりはしない。」
私には私の思惑があって作戦に参加しているだけだ。
「でもそうね……」
私はぼんやりと部屋の薄闇を見上げた。
「貴方、繰り返し同じ夢を見たりしない……? なんていうか、こう、無限の宇宙を漂うような……」
ジョンが少し驚いたように顔を上げた。
「それがどうという訳じゃないのだけど……。完全に《街》に溶け込んだ人間は夢を見ないと言われている。でも、ただそれだけ。あとは貴方が判断して、ジョン・アルバトロス。」
私はそれだけ言うと、自室へ向かった。緊張が解け、足元がふらつき始めたのを自覚する。疲労が限界に達している。エドを喪った悲しみは後から訪れるだろう。自室に戻り、ベッドに倒れこむと、私は死んだように眠りについた。
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