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自分の「大したことない」は、誰かの「凄い」で成り立っている
私の母は、洋裁が得意である。
幼い頃はよく洋服を作ってくれたり、七五三に兄と揃いでフォーマルを作ってくれたりした。けれど、子供特有の狭い視点でしか物事を考えていなかった私は「母は洋裁が得意」と言う事に気付くのが随分と遅くなってしまったのである。
私はずっと「母親とは洋服を作れて当然」なのだと思っていた。
しかし私が娘を産んだ時、当然のように洋裁は出来なかった。洋服はおろか、巾着一つ縫った事さえないのだ。
母になると自動的に備わると思っていた洋裁のスキルは、ついに私に身につくことはなかった。
その代わり、母は孫にも色々と作ってくれた。入学式があると言えばAKB48のようなブレザーにプリーツスカートを作ってくれたり、ピアノの発表会があると言えば娘の口から紡がれる理想のお姫様ドレスをちゃちゃっと仕立ててくれたりもした。
簡単なワンピースを作れたり、スカートを作るママ友さんは珍しくなかったけれど、入学式のスーツやドレスを1から作り上げているママ友さんはおらず、これは大変な特技なのだと言う事にお恥ずかしながら娘を産んで初めて気付いたのである。
母のこの特技は活かせるのではないか?
私はこの事に気付いてすぐ、そう思った。
メルカリやcreemaなど、手作りのものを売る機会と言うのは爆発的に増えている。お店を構える初期投資も、在庫を保管するリスクもない。気の向くままに作ったものを、気まぐれに売る事が出来る時代になっているのだ。
ネット回線が人々の生活に当たり前のように整備された今、誰でも手軽に自分の特技を売り買い、シェア出来る時代になっている。
とても良い時代だと思う。
そしてこの波に乗れるスキルを、母は持っていた。
常々この波に乗りたいと思いつつも何のスキルで挑めば良いかと思い悩む私にとってみれば、母のこのスキルはとても羨ましいものだった。
しかし。
「ネットで手作りのものを売ってみないか」
そう提案する私の言を、母は鼻で笑った。
あろうことか、自分のスキルを、
「大した事じゃないわ」
と言ったのだ。
私に洋裁の専門的な事はわからない。
縫製や型がどうのと言われても、ちんぷんかんぷんだ。
だから、知っている人にしかわからないプロとアマチュアの違いがきっとあるのだろうとは思う。
でも、それでも、私には出来ないものを大した事ではないと言う母を、心底勿体無いと思った。
見渡せば、自分に出来る事は大した事ではないと思っている人は結構な割合でいると思う。
私はもう15年以上ほぼ毎日のように文章を紡ぎ続け、そんな事は大した事ではないと思っていた。原稿用紙3、4枚の文章など数十分で書ける。けれど、同じ時間を使っても、洋服はおろか巾着1つさえ作る事は出来ない。
逆に母はブラインドタッチも出来ないし、作文を書こうとすると原稿用紙の前で舟を漕ぐだろうが、同じ時間を要すればその洋裁芸を見事に披露してくれる事だろう。
世の中のバランスは、きっとそういう事で成り立っている。
きっとみんなが持っている「大したことない」事が、誰かの「凄い」で成り立っているのだ。
そしてそういうバランスをより取りやすくなった時代が、今の時代なのだと私は思う。
縫い目1つにこだわった完璧な洋服を求めている人には、そもそもメルカリやcreemaでアマチュアのハンドメイド作品を買おうとは思わないだろう。
だからいい加減で良いとは言わないが、そうやって自分の出来る不完全ながらも一生懸命なスキルでやり取りをしていく時代を、もっと沢山の人が楽しんでくれたらいいなと私は思っている。
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