かつて私は、タキシード仮面でセーラーウラヌスだった
子どもだったころ、友だちとごっこ遊びをしていた。
レンジャーとか、仮面ライダーとか、いろいろやったけど、女の子とのごっこ遊びはいつだってセーラームーンだった。
そして、いつも私はタキシード仮面(地場 衛)だった。
そのときの私は、女の子っぽい服装や髪型に抵抗があって、ばっさりショートにしていた。
髪が長くて、スカートが好きで、ママの化粧に興味がある。そんないわゆる女の子らしい友だちたちの中で、私は少し異質だったのだろう。
かなり、男の子っぽかったと思う。少なくとも兄の影響を受けていたから、同年代の男の子よりも男の子だった。
そんな自分が嫌いではなかったし、むしろ自然なことだとさえ思っていた。
でも、求められる“像”はときにわたしを苦しめた。
男の子よりも格好よくないと。
男の子よりも女の子に優しくしないと。
男の子よりも強くないと。
女というハンデを背負っているから、と。
そんな私に差し出された役は、タキシード仮面だった。
女の子たちの中で、タキシード仮面はヒーローだった。
ピンチのときに颯爽と助けてくれる、正義のヒーロー。
それが、私に求められた役割だった。
◇
やるからには、とタキシード仮面を観察するようになった。
ヒーローのはずなのに、どこか頼りなくて、煮え切らない。
敵にさらわれて洗脳される、みたいなこともあった。
そして気づく。
完璧なヒーローのはずのタキシード仮面が、意外と穴だらけなことに。
セーラームーンに、セーラー戦士に守られていることに。
タキシード仮面は決して強いわけじゃない。
悩んで、追い詰められて、セーラームーンの敵になることさえあった。
それでも格好よく見えたのは、懐が深いから。
戦うセーラームーンを深い愛で包み、絶対に勝つと信じてくれる唯一のヒーロー。
見守ることは怖い。
大切な人が傷つくよりも、自分が傷ついたほうが楽だ。
だけど、タキシード仮面は信じて見守ることを選べる、セーラームーンを尊重する強さがあった。逃げずに側にいて、誰よりもセーラームーンの心の支えになる優しさと覚悟を持っている。
そして、思った。
あれ?
これってお姫さま(ヒロイン)のポジションじゃね?と。
苦悩する姿は守ってあげたくなる。
愛する人に、守りたい人に、弱い部分を曝けだせる人。
タキシード仮面との出会いは、「男は強くて頼りになるもの」という無意識に刷り込まれた考えが打ち崩された瞬間だったかもしれない。
私は男になりたかった。
男に生まれたかった。
強くて、格好いい、兄たちみたいになりたかった。
でも現実の私は、力は女の子よりは強いけど男の子に比べたらないし、得意なかけっこだって男の子に負けることがある。ツラいときは隠れて泣いたりするし、たまには妹みたいに抱っこや頭を撫でてほしいと思ってしまう。
そんな、普通の子どもだった。
それでも、誰に負けても、泣き虫でも、みっともなくても、そんなの全部ひっくるめて兄とは違う形の男の子になりたかった。
信じられないほど高スペックなタキシード仮面が、女の子が自然に惹かれてしまうような完璧な男が、男はこうあるべきという図式をひっくり返した。
少しだけ、ほっとしたことを覚えている。
当時のごっこ遊びは、かなりリアリティが増したと思う。
私は颯爽とバラを投げて(現実は長い草だけど)、キラキラと輝く強い女の子たちを見守る役に徹した。
仮面ライダーやレンジャーとは違い、戦いの先陣を切ることはない。
確かにあのころ私はタキシード仮面で、戦う女の子の後方支援役だった。
◇
セーラームーンSが始まると、外部太陽系三戦士が登場した。
子どもから見ると大人で、そわそわするような色気があった。
そうなると、私の配役はタキシード仮面からセーラーウラヌス(天王はるか)になった。
単純に「女」だからだろう。
ずっとタキシード仮面だったから、友だちが気をつかったのかもしれない。
セーラーウラヌスの登場は衝撃だった。セーラー戦士だから女なんだろうけど私服のときはまるで男の人で、性別不詳すぎて混乱した。
でも、これだ!と思った。
私がなりたいのは、これだと。
単純に憧れた。
強くて、格好よくて、でも弱さもあって、それでも前を向く姿に。
男の子になりたかったころ、タキシード仮面に憧れた。
“男らしく”に囚われていた私に、男でも弱くていいんだと教えてくれたから。
セーラーウラヌスに憧れて、女の子の自分も受け入れた。
性別が「私」を決めるわけじゃない。
私は私で、それは性別に左右されるものじゃない。
そんなふうに思えたのは、きっと、セーラーウラヌスのおかげでもあるんだろう。
あなたは、どのセーラー戦士に憧れましたか?
それは、大人になった今でも変わっていませんか?
多分、私はこれからもずっとタキシード仮面とセーラーウラヌスが好きだと思う。無意識の価値観をぶち壊した愛すべきキャラクターだから。
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