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街でいちばんのアイドルグループ 8⃣ 短編 100年後の開歌-かいか-



街でいちばんのアイドルグループ 8

短編     100年後の開歌-かいか-

<2024年12月22日(日)開歌-かいか-presents 祭典 vol.2@恵比寿CreAto>



SW!CH、ヌュアンス、そして開歌。

軽やかなステップと澄んだハーモニーの愛らしい5人。
ダンスクラシックの響きとともに、いつでも美しく楽しい5人。
切なく素敵な街の風景を歌の中に詰めこんだ魅力的な4人。

テーブルの上の手持ちのチップをすべてベットできる、
エースのスリーカード。




金曜の夜、スポーツジムのストレッチスペースで話していた、
今年も横浜マラソンに参加した持久力がある友達が
「オアシスの抽選当たったんだ」といった。

ギャラガー兄弟のオアシス。いわくそれは東京ドーム2025年10月のこと。

「随分先だな。9月頃まで忘れといた方がいいよ。精神衛生的に」
「もうあそこ古いから、何かでつぶれるかも。モデルになったミネソタのドーム、雪の重みで天井抜けたよ」
と、予想外に気が長い予定を面白がり軽口を叩いていた二日後、
年の瀬を感じる寒さの日曜日、午後の予定がするりと空いた。
恵比寿に行けば、まだSW!CHとヌュアンスと開歌が観れる時間だった。

そうだと気付いた時の、
今日の中にもうひとつの日が生まれたような新鮮な気分。とてもいい。


午後6時、東横線の改札からつながる仮設めいた鉄壁の地下道をたどり、
再開発でできた渋谷ストリームの長いエスカレーターで地上へ上がる。
年々味気ない街になっていく渋谷。
友達と過ごした三ヶ所の公園はもうすべてつぶされてしまった。

とっぷり暮れた明治通りを恵比寿に向かって進むと、
所々の和食屋の前に出来た行列に並ぶ、多くの外国人とすれ違う。
気軽に訪れる事ができる国。延々と下がる円がつくる、2020年代の風景だ。

1920年代。大正から昭和に変わる頃。

第一次世界大戦に乗り、製造業で「世界の工場」となり、
好景気に沸いたアメリカ。
消費社会の始まり、そしてラジオ、映画、
大衆の娯楽としてダンスミュージックが初めて花開いた時代。

ココ・シャネルが流行らせたボブのヘアースタイルと、
すとんとしたストレートラインの膝丈スカートのドレス、
フラッパーファッションで踊るチャールストン。

それから100年後のいま。未来のいま。

通り沿いの賑わいを過ぎ、交差点で深緑に光るフレッシュネスバーガーの看板が目に入ると目的の場所に辿り着く。

10ヶ月程待ってから聴く、何十メートルか先にいる腕を後ろ手に組み、
微動だにしない眉毛がつながりそうな男の武骨な歌。
それもいいかもしれない。「Don't Look Back in Anger」は好きだし。

けど今夜は目前で観ることがかなう「楽園」の名がよりぴったりくる、
軽やかなステップと澄んだハーモニーの愛らしい5人。

ダンスクラシックの響きとともに、いつでも美しく楽しい5人。

切なく素敵な街の風景を歌の中に詰めこんだ魅力的な4人。

楽しみに出来る事が、身近にいてくれる素晴らしさ。
琴線に触れる何かを持つグループ。


光沢がある大理石の階段を下ると、入ってすぐのロビーにあたる小さなスペースでは特典会が行われていて混み合っていた。

残るのは、そこからフロア入口に向かう通路、そこまでも列をなしていて、
チケットと取り換えたビールを気持よく飲み干す場所にも苦労する。

見慣れた風景。

バンドで出た頃の名は恵比寿ライブゲート。
フロア下手側の壁の向こうに沿った細長い廊下のような、
鏡がめぐらされていた控室は、出演者の記念写真を見ると今も同じようだ。

今夜はフロアから離れずに済むタイムテーブル。

SW!CH、ヌュアンス、そして開歌。

テーブルの上の手持ちのチップをすべてベットできる、
エースのスリーカード。

重い扉をあけ、盛況なフロアの出入りとすれ違いながら進み、下手の前方までいく。ステージ中央までは、間近に感じる場所。

午後6時半も過ぎた頃、ショーの始まりを知らせるOverture(序曲)で
ステージに歩み出る、いつものように艶やかな姿の5人。
濃紅の葡萄酒がグラスの傾きの中で揺れ、彩りを変えるような、
ビロードのフレア。

スイッチオフという爽やかさも感じる、らしいフレーズで、
残り半年余りで幕を閉じることが数週間前にアナウンスされた、SW!CH。

照らすライトの下、目の前にその姿があることの驚きは、
いつでも新鮮で失われることがない。


今夜の始まりは「BRIGHT COLORS」のクラブ・フレンドリーなリミックス。
鳴らされるビートは長くとも16小節。全編に渡り用意されたブレイクの上で歌声を滑らせていく。

対バンでぼんやりしていると出くわしてしまう
「パチンコ屋の中を走り回るバニラ高収入の車」みたいなアイドルソングと大きな一線を画す余白と空白のアーバンシック。


クールなインパクトのこの曲や、
常にここぞという場所に置かれる「アルタイル」からセットを始める時は、ちょっとしたモードの違いを感じて高まる。

ジョージ・クルーニーのオーシャンズ11の見せ場で流れ出しそうな、
70'sなクラヴィネットと豪勢なホーンセクションのリフ。
「賽は投げられた この世界にキスして勝利へ近づけ」と、ギャンブリングな生き様を歌う「CHECK!」

「選べ 鬼が出るか蛇が出るか」と真正面にやってきた、
麗しいMAYUNAちゃん。
この日見事勝ち馬に賭けていた勝利の女神の微笑み。

そうして始まった得意のダンスクラシックの畳み掛け、
続くクラヴィネットのリフ。フロアのすべてに一緒に楽しもう!と
HARUKAちゃんが呼びかける「プレグラ」

ヌュアンスの城戸海月ちゃんが故郷の実妹の面影をみつけ
「東京の妹」と親しみを寄せる、開歌の岩永紗菜子ちゃん。
その彼女が愛してやまない事でも知られるSW!CH。
ライブ後にメンバーのFUYUKAちゃんと話すための列に並ぶ、
微笑ましい姿を見掛けることもあった。

フロアのどこかから熱い視線を向けていたはずの
彼女のお気に入り「プレグラ」

最新曲でありながら佳境にすえられるアッパーディスコ「ダンス・アヴェニュー」。最終盤に繰り出される、故郷新潟の幼稚園の同級生から3人のアイドルが生まれたというブロンテ3姉妹のようなエピソードをもつ、ASAMIちゃんの嵐が丘な見せ場、ステージを横断するアクロバティックな大回転に沸くフロア。

最年少AKARIちゃんが成長していくプロセスを軽やかに伝え、ゆったりフロアを包み込む「I'm Here 4 U -太陽の下で-」 で、
スローダウンしながら優雅に締めくくった。
いつでも美しく楽しいダンスフロア SW!CH。

最後の挨拶でも、今日有馬記念を当てたMAYUNAです!と誇らしげな彼女の
「もう引退!」とはずれ馬券の苦汁を舐めつづけた日曜日を知る者は、
心からの拍手を送ったことだろう。


まだ身体に余韻が残るなか、秘めた想いを打ち明けるような響きのSE「atmos」ともに歩み出る、 地元びいきなしで素晴らしい、
レぺゼン(045)NUANCE(ヌュアンス)

今夜は、城戸海月ちゃんがのどを痛め、歌唱を蓮水恭美ちゃん、汐崎初音ちゃん、椰子桃子ちゃんの3人でカバーするちょっとした緊急事態。

フェスを共同開催した盟友でもある開歌が、
「祭典」と名付けたこの日のため駆けつけて、
横浜山手あたりの気品ある女子高の制服もイメージできる衣装で、
生命力を爆発させる放課後の勢いのステージが始まった。

フル回転の最上級生、恭美ちゃん初音ちゃん、新入生、桃子ちゃんが
テキパキと慣れぬパートをパスし合い、「声が出ません」と書かれたたすきをかけた海月ちゃんは情熱的な生徒会長立候補者のように駆けめぐり、力余すことなくダイナミックに踊る。

全くもって気分が良くなる真っ向勝負のハイクオリティな
正統派ポップソングを畳み掛けるヌュアンス。

ジャジーなシングルトーンのギターのイントロ。
みなとみらい地区の華やかな風景「赤レンガ空中さんぽ」は、
腕を高くかかげ振るサビの楽しさと、
甘く煽情的な「そっちだって好きでしょ?どうなの?」というところも、
何とも言えず良い。

要所のイントロであおりを入れる桃子ちゃん。
湘南育ちのまったりした風を感じるレイドバックな飄々としたあおりに
ほっこりなごむフロア。

ファニーなアナログシンセのリフから一気にグルーブしていく、
フロアもおおこれか!という空気が高まる「ミライサーカス」

「わたしはミライサーカスのコアラです~」と自己紹介を歌う恭美ちゃんに引き続き、パートが回ってくる海月ちゃん。
おもむろにスケッチブックを取り出し、書かれた歌詞を無言でフロアに見せつける。「わたしはミライサーカスのクラゲです」
歌えないもどかしさを逆手に取る、その着想の逞しさは見事に功を奏して、 一瞬あっけにとられた客はチャーミングで粋な機転の奇策で大いに沸いた。

「今は無いものについて考える時ではない。今あるもので、何が出来るか考えるときである」と書いたのは、たしかヘミングウェイ。もしくは、

声が無いならイズムで勝負  一個付け足す独自のブランニュー 武器はたゆまぬK.U.F.U.

横浜の先輩のB-BOYイズムと地続きのヌュアンスイズム。

そして今年一番の成長曲、フロアを巻き込み盛り上がるハッピーヴァイブス「特急 元町・中華街行き27分」
初音ちゃんの電車つくるよ!とともに出来上がる、横浜駅ばりの数の車両が乗り入れる、人力東横みなとみらい線ダンス。
いまや多くの観客も知る、ヌュアンス名物のひとつ。

ラストは、あふれる解放感。
ライブアイドル屈指のエンディング曲「sky balloon」

大きな拍手の中、幸せな余韻を残しステージを後にしたヌュアンス。
スクランブル発進をものともせず、鮮やかに盟友にバトンを渡した。


聴きなれたSEが流れ、ラテンのハンドクラップで出迎えるフロア。
久しぶりに観る、今夜も愛らしい5人。

耳なじみがうすいイントロが流れる。
低音を排した軽やかな2-STEPのリズムで
真夜中12時を告げる鐘が鳴り響く階段を駆け下りる、
この日が2度目の体験の「シンデレラ・ステップ」

その物語そのままに偶然の出逢いで魅せられ、姿を求めて街をさまよわなければもう一度会うことは叶わない、
不思議の国のアリスを思い起こす装いの5人のシンデレラ。

ガラスの靴は紐のないバレエシューズのような
スノーホワイトのスリップオン。

王子と踊る17世紀フレンチワルツから
1920年代アメリカジャズエイジを経て花開く、2-STEPの舞踏会。

切り替えすように鳴り始めたスティーヴ・ライヒを思い出す、行きかう卓球音のミニマルなリズムのイントロに、更に細かく刻まれた、開歌にはまれな硬い歌メロが音の空間を埋め、12小節を待って
曲の調をはっきりと示すピアノのアタックがうちこまれる。

声と身体を、織りなすリズムのひとつとして、
緊迫、没入とともに曲を完成させていく「かいかのMUSIC」

観客は、ひと通りその作りが示された2度目のサビが過ぎた瞬間にうながされる、裏打ちのクラップでリズムのひとつとなる。

予断を許さないハイコンセプトなストイックさ。
開歌を観る快感のひとつの形。
曲の終わり、余韻を断ち切る食い気味に伝えられるクールな「ありがとう」

折に触れ思い出す1950年代のポーランドの詩人の言葉がある。
「泉が溢れるその源にたどり着くには 流れに逆らって泳がなければならない 流れに乗って下っていくのはごみだけだ」

表現の源泉に触れる喜びを見せてくれる、独自のスタイルを持つ3組。

そしてこの日一番の衝撃だったのは、幻のような5分30秒「青い花の名」
突然あらわになった孤高の存在感。

「花の名を知る度に 泣きたくなるのはなぜ」

通奏低音のフィードバック寸前で何度も散っていく、
シタールめいた輪郭がおぼろげなギター

凍てつく風が不規則にあらゆる木々や草花を揺らし、
その厳しさに立つ事もままならなくなり、遂には身を持ち崩す。

横たわり沈黙の中からもう一度ゆっくりと身を持ち上げる。
いつ終わるかも知れぬ季節の中、歩みだす。

曲が進むにつれて酩酊するように目の前の5人の姿から現実感が薄れていく。旋律がそのまま実体を持つ存在となり舞っているようだ。

愛らしい5人であるにも関わらず、なぜこれ程に突き詰められるのか。
息を呑みあっけにとられる、極北の舞い「青い花の名」

恐ろしい美しさの直後に訪れたのは、朗らかな季節。

目にすれば分かる、ヤバイ愛らしさの渡邉陽ちゃんがスイートに歌い出す、
心がかき乱されるほどの爽やかさ、
人生のすべてを愉しんでいるような「春は絆創膏」

「これでいいって思えるまで信じたいんだ」 
青木眞歩ちゃんの芯を通していく背筋が伸びる
青春そのものの凛々しい歌声。

名門、開歌をささえ、行く先を灯し続けた尊い二人。

そして波に船が揺さぶられた時、並走していた船から乗り込み、
頼もしく力強く共に舵を切り直す事を成したナイスガール。
むーさん、山村伶那ちゃん。

開歌のために、いずこから舞い降りてきたような髙橋里穂ちゃん。
憧れの門を叩き、欠かせない存在となった、
元気な末っ子、岩永紗菜子ちゃん。

それぞれの生きる様 どれも美しい事実


そして感嘆のため息が出る「TOWER」が始まった。
見事なハーモニーときりっとした微笑み、透明感。
とびきりの優雅さと切なさ。

移ろいゆく束の間の、源泉に触れる喜びが続いていく。

「新しくってかけがえのない未来なんかウソみたいだ 
それでもこの夜に僕らは歌うんだ、何度だって」

「未来がどうだって届けてみせる 明日を創る声はもうここに」

行く末の不確かさを輝かせるため、
美しい歌声で引き寄せる「星雲少女」「灯り」

エンディングの5人の重なり合う声の余韻が静かに消え、
それを待って起こる大きな拍手。

乙女たちが踊り続けるのを村の者たちが輪になって見る儀式をもとに生まれた、ストラヴィンスキーのバレエ曲「春の祭典」。
初演はパリ、シャンゼリゼ劇場。1913年5月。

その111年後、愛らしく美しく魅力的な彼女たちが集い、歌い踊り、
フロアを沸かせた、開歌の「冬の祭典」の幕は閉じた。



日曜夜9時すぎ。明治通り沿いの、灯りらしい灯りはあらかた消えていた。
深緑の看板も、帳のなかでくすぶるように滲んでいた。

12月末の冷たくも心地よい空気の中、フードの付いた厚いコートのボタンを上まで締め、通り沿いの人影のないほどほど広い駐車場の奥まで進み、
そこから金網越しの遠くに見えるビルの影や茫漠とした闇を眺めながら、
ウインストンに火をつけるとバニラの香りが煙った。
ビクトリーシガー。

今日の中にたまたま生まれた、新しい今日の素晴らしいひととき。


冬の祭典から一週間後の日曜日。
開歌から新しくできるホールで行われるワンマンライブの知らせがあった。
その日取りは2025年6月。
それはオアシスより4ヶ月も早くやってくるのだった。




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