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ボディビルディング

今回のテーマ:スポーツ

By 茂山 薫子
 
 家のインターホンが壊れた。修理に来てくれたリッチーは小柄だががっしりとした体型のせっかちな白人のおじさんだった。「君は英語が話せるか?!」と語気強めに聞かれるので「アジア人が嫌いな人だろうか」と初めは少し不安に思ったが、慣れるととてもおしゃべりで気さくなおじさんで、修理しているあいだ身の上話を沢山してくれた。ドイツ系で1960年にニューヨークに来たとか、おじさんはドイツの有名な政治家の家系でいわゆるブルーブラッド(ヨーロッパの貴族・名門出身)だとか。「まぁ、昔の話だけどな」と言いながらネジを弛めてガチャガチャとインターホンのパネルを外す様子はがらっぱちで、正直私から見ると貴族というよりも『下町のおじちゃん』という印象で、逆に親近感が湧いた。「君はどこの出身なんだ?」と聞くから「日本だよ」と答えると、「日本か!日本人が一番だよ!(Japanese are the best!)」とニコニコの笑顔になった。どうやらこれまで彼が仕事で接してきたアジア人たちの中で、中国人でも韓国人でもなく、日本人に一番好感を持ったらしい。対応の仕方や丁寧さが違うのだという。また、彼は最近ネットフリックスで見た日本の映画がとても気に入ったらしく、「タイトルは忘れたが、とてもよかった!SHOGUN(将軍)が出てくるんだ!」と言いながら、インターホンを直す手をすすめた。

 そんなふうに精力的に動いて話す彼が「僕は64歳なんだ」というので、「見えないね。もっと若く見えるよ。」というと、彼は自慢げに二の腕の筋肉に力を入れて見せた。ボディビルディングをやっていて、もう10年以上も鍛えているのだという。毎日ジムに行きワークアウトをし、60歳の時には州の大会で若者たちを押さえて優勝したそうだ。たしかに、上半身は満遍なくぎっしりと筋肉がついた無駄のない体型なのがTシャツ越しにもよくわかる。そこから彼は愛するボディビルディングについて語り出した。なぜボディビルディングをしているのか。ボディビルディングはどんな役に立つのか。

 そしてあるエピソードを話してくれた。数年前、彼が奥さん(リッチーの奥さんは長いウェーブがかかった黒髪が綺麗なセクシーな黒人女性)と一緒に地下鉄に乗っていたとき、降りようとした彼を乱暴に押しのけて先に降りていった男性がいた。彼よりも背が高い大柄な黒人だった。「僕に嫉妬したんだ。白人の僕が綺麗な黒人の奥さんを連れていたから。」(関係ないが、こういう時に奥さんを本気で褒める男性は素敵だと思う。)腹が立ったリッチーは、去っていく黒人に声をかけた。というか、「なんだお前?」みたいな言い方だったので、多分怒鳴りつけたのだと思う。黒人男性の方も振り返って、血の気多く近づいてきた。「何だ。やるか。」とリッチーも血気盛んにジャケットを脱いだ。そう。これまでリッチーはジャケットを着ていたので、相手はリッチーが筋肉ムキムキであることに気づいていなかったのだ。Tシャツ1枚になったリッチーの筋肉を見た黒人は、すぐさま後ろを向いて去っていった。

 リッチーが若干ドラマチックに脚色したエピソードだとは思うが、でも『なるほど』と思った。「弱い奴は、自分よりも弱そうに見える奴に喧嘩を売るんだ。でも自分よりも強さそうだ、と思ったら向かって来ない。」リッチーのいうことはもっともだと思う。喧嘩だけではないが、弱いというか、自分に自信がない人は、相手をみて自分の出方を判断すると思う。でも自信がある人はその逆で、周りではなく「自」分の「信」念に従って判断をする。そしてリッチーは、自分にとても自信を持っているのだ。

 体を動かすこと自体にストレス発散やポジティブな気持ちになる効果もあると思うが、それよりも日々体を鍛えて努力を続ける中で自分の体が逞しくなっていくのが目に見えたこと、そして周りが自分を見る目が変化するのを感じたことが彼の自信に繋がったのだと思う。彼もボディビルディングをする前は、筋肉がなく華奢で背も低いために街中で正面からぶつかられたり絡まれたりしたらしい。でもボディビルディングを初めて筋肉がついてからは、ぶつかられるどころかよけられるようになったのだという。

 「僕は喧嘩が嫌いだ。自分からは絶対にしない。だけど自分より大柄だろうと黒人だろうと、拳と拳だったら喧嘩は怖くない。銃やナイフを持っていたらすぐに両手を挙げるけど、素手同士だったら絶対に勝てる自信があるから。」清々しいぐらい自分の勝利を信じてやまないリッチーは、体だけでなく心もボディビルディングで鍛えたに違いない。
 
プロフィール:
茂山薫子 東京暮らし33年。それなりに学校に行きそれなりに社会人をしてそれなりに幸せだったけど、幼少期からの夢があきらめきれず急に渡米。自分も周りもまだ驚きが冷めやらぬ中、日々ニューヨークの楽しさと厳しさを噛み締めながらマンハッタンの片隅で生息中。

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