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NYリレー小説プロジェクト 

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マイキーとイーストヴィレッジの住人たち 第2話(リレー小説・無料編)

第二走者: らうす・こんぶ

「また来やがったな、忌々しいネズミめ!」
ジョセフィーヌはものすごい形相でマイキーを睨みつけると、不自由な右足を引きずりながら大急ぎで駆け寄り(本人は大急ぎで駆け寄ったつもりだが、足が悪いので傍目にはのろのろと歩み寄ったようにしか見えない)杖を振り上げた。だが、すばしっこいマイキーは足の悪いジョセフィーヌを小バカにするように、あっという間に壁の穴に逃げ込んでしまった。
 
ニューヨークのネズミたちは、テーブルの上のリンゴを齧るわ、キャビネットの中にしまっておいたパスタをビニール袋を噛みちぎって食い荒らすわ、その辺を糞だらけにするわ。。。嫌な匂いがすると思って鼻をひくひくさせながら匂いの元を探すと、ネズミの死骸が見つかることもある。人間の親指ほどの小さなネズミの死骸が発する匂いは他の動物の死骸の腐敗臭ほど強烈ではないが、独特の不快さがある。
 
もちろん、ジョセフィーヌもネズミが大嫌いだ。ネズミを見つけるや、杖を振り上げて悪態をつきながら追いかけ回すが、いつも逃げられる。それでますます目の敵にするようになった。
 
だが、ネズミばかりを責めるのは酷だ。床の上にパン屑が散らかっていてもリンゴの芯が転がっていても、ジョセフィーヌは滅多に掃除をしない。家族も友人もなく、アパートの住人からは疎まれているジョセフィーヌには、アパートを快適に整えて楽しく暮らしたいという健康的な意欲がない。部屋の中はいつも散らかり放題なので、ネズミたちのかっこうの餌場になってしまう。

               ■

 ジョセフィーヌに人が寄り付かないのは偏屈な性格のせいだけでなかった。その風貌も大いに関係していた。今では白髪の方が多くなったカーリーヘアは何年も美容院に行っていないのでボサボサに広がり、パサついて汚らしい。前歯が1本欠けているので、怒鳴った拍子にそれが見えるとことさら恐ろしく見える。いつも着ている黒いワンピースは生地が薄くなり、あちこち擦り切れている。洗濯機に入れたらバラバラになって、洗濯が終わった頃にはボロ雑巾になっていそうだ。

 ジョセフィーヌは随分前からこのアパートに住んでいるが、アパートの住人の誰も彼女の素性を知らない。うっかり目を合わそうものならあの杖でこっぴどく殴られそうなので、話しかける勇気がある者はいないからだ。だが、この奇妙な老女をめぐってははさまざまな噂があった。

ーーあの不自由な足は、若い頃マフィアのボスの愛人だった時、マフィアどうしの抗争に巻き込まれてピストルの流れ弾に当たったからだという者もいれば、いやそうじゃない、彼女は元米軍兵士で、1990年に勃発した湾岸戦争に従軍して名誉の負傷をしたのだという者もいる。ーー
だが、本当のところは誰にもわからない。
欠けた前歯にしても、昔DV夫に殴られて折れたのだという噂があるが、これも本当かどうか怪しいものだ。ただ、アメリカの歯科医療費は高額なので、歯医者に行くお金がなくて欠けたままになっていることは確かだろう。

                ■

話を前に戻すが、それほどネズミが嫌いなら壁の穴を塞げばいいのだ。きれいに塞ごうと思ったら面倒だが、とりあえずネズミの侵入を防ぐだけなら、ネズミが嫌がるスチールたわしでも穴の大きさに切って詰めておけばいい。ところが、キッチンのシンクと冷蔵庫の隙間に空いた直径2センチほどの小さな穴を塞ぐ代わりにジョセフィーヌがしたことは、99セントショップで手に入れた安物のプラスチックのかごにスパイスを並べ、それを前に置いて穴を”隠す”ことだった。ジョセフィーヌにはこの穴を塞ぐわけにはいかなかった。
 
木曜日の夜11時を回る頃になると決まって、ジョセフィーヌは音を立てないようにスパイスを入れたかごをどけて壁の穴を覗き込む。穴の向こう側は隣のアパートのリビングになっていて、木曜日の深夜にこの穴を覗くことだけが、彼女の灰色の人生の中の唯一の楽しみとなっていた。


To be continued…  第3話へ

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