NYリレー小説プロジェクト
マイキーとイーストヴィレッジの住人たち
5人の走者によるリレー小説もついに最終話を迎えることになりました。最終話、物語の結末は各走者による個別の物語となります。マンハッタンのアパートに暮らすチヨと、アパートを根城とする小ネズミ・マイキーを中心に繰り広げられる群像劇。各走者の思い描く結末は、以下のリンク先から有料(一部無料)にてお読みいただけます。
福島 千里 編
らうす こんぶ 編
萩原 久代 編
河野 洋 編
阿部 良光 編
最終話(リレー小説・有料編):らうす こんぶ編
ジョセフィーヌはいつものようにクリームチーズを薄く挟んだオニオンベーグルとコーヒーで遅い朝食をとっていた。ベーグルは半分にカットして、残りの半分は昼食に残しておく。むかしはベーグルを丸ごとぺろっと食べていたが、60歳に手が届く年齢になり、ベーグルを一個食べると胸焼けがする。
母親が残してくれたこのアパートがあるので路上生活者にはならずにすんでいるが、収入は年金だけなので生活は質素だ。それを不満に思ったことはない。年に1度だけ贅沢をする。自分の誕生日に、ベーグル・ウィズ・ロックス(スモークサーモンとクリームチーズを挟んだニューヨークスタイルのベーグルサンド)で誕生日を祝うのだ。もちろん、ひとりで。
だが、ここ数年のインフレでベーグル・ウィズ・ロックスは16ドルになり、タックスやチップ(コロナ以降、ニューヨークではテイクアウトでもチップを求めるところが増えた)を足すと20ドルを超えるようになった。
「ベーグル・ウィズ・ロックスで誕生日を祝えるのも今年で最後かもしれないな」
それでも、大好きなオニオンベーグル・ウィズ・クリームチーズが毎日食べられて、朝のコーヒーがおいしければ満足だ。ただし、クリームチーズの量は減っている。それは慎ましやかなインフレ対策であり、年齢に応じた体への気遣いでもあった。
1日に1度は必ず朝が来る。朝が来たらおいしいコーヒーが飲めて大好きなベーグル・ウィズ・クリームチーズが食べられる。どんな日でも必ず1度は幸せな気分に浸れる。
だが、このアパートの住人の誰ひとりとして、友達もなく、誰からも敬遠され、いつも髪がボサボサで前歯は欠け、何十年も着古して生地が薄くなったヨレヨレのワンピースを着ているジョセフィーヌに幸福なときがあるなんて思っている者はいなかった、彼を除いては。
ここから先は
ニューヨークに20年以上住んでいる(住んでいた)5人のライターたちが、リレー形式でひとつの物語を書くことになりました。5人が順番に物語を繋…
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?