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NYリレー小説プロジェクト

マイキーとイーストヴィレッジの住人たち 第10話(リレー小説・有料編)第十走者: 河野洋

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チヨはマイキーが食べ残したチーズから、ダイニングテーブルの片隅に追いやられていた卓上カレンダーに視線を移した。日の丸のように、塗りつぶされた赤丸に3月10日の「10」という数字が綺麗に収まっている。それはティー・パーティーをホストしようと決めた先週の日曜日につけた印だった。チヨにとって特別な3月11日を迎える前に、自分自身の気持ちも整理したいという思いが強かった。

3月11日は22年前に死別したマイケルとの結婚記念日だ。2011年日本人だけでなく、世界中の人々を悲しみの深淵に沈めた衝撃の東日本大震災が起こって以来、心優しいチヨは、多くの人が悲しみに打ちひしがれるこの日に、永遠の愛を誓った夫婦の絆を祝う気持ちになれず、ずっと封印してしまっていた。

悲しみの洪水に溺れたままのマイケルを救い出したい。311の呪縛から解放される唯一の方法は、明らかに自分のことを疎んでいるジョセフィーヌを受け入れることではないか? 2020年の新型コロナウイルスで隔離されてしまった人々の交流は、コロナの収束に伴い元に戻ってきた。しかし、人々の心、いや自分自身はどうだろう。心の扉を閉したままになっているのではないか? そう思うとジョセフィーヌから無意識のうちに隔たる距離を置き、接することから逃げている自分が情けなくなった。

ジョセフィーヌは、2010年3月に母親を亡くすまで、チヨとは家族ぐるみの付き合いをしてくれていた。そういえば、彼女の前歯が欠けたのは、2011年3月に東日本大地震が起きた頃だったはずだ。当時のチヨは、今よりも体力があり、チャリティイベントなどの日本への支援活動に全力を注いでいた為か、そのことは気にも留めなかった。

そう考えると、彼女の抜けた一本の歯と、津波で奪われた人間の尊い一つの命が重なり、チヨはやるせない気持ちになってしまった。時間に追われ、自分のペースで生活すると、周りの変化に気が付かなくなるものだ。遠く離れた東北の人たちへの思いが優先して、身近にいたジョセフィーヌのことをないがしろにしていた自分を反省した。

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