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第7章 侵犯の星【御使】 1

 サワサワ。

 草原が風になびいている。
 緑溢れるこの星。
 一見、平和で豊かにも見えるが――

「やっぱり、だめだった」
 不意に後ろで闘華の声がした。

「そう……」
 私は振り返らずに答える。

「なあ。いい加減見つからないのか?」
「さっぱり」
 選ばれた力の持ち主は一向に見つからない。

 その上―

「このままじゃ、また滅びるぞ」
 動物・植物達の凶暴化。
 それによって殆どの村や町が滅び去っていた。
「そうは言ってもね~。まったく気配すら感じないんだもん」
 私は心地よい風を体いっぱいに浴び、瞳を閉じる。
 もう一度、風の声に耳を澄まし、水の囁き・火の言葉に耳を傾ける。
 が、気配どころかそれらしきものさえも感じない。

「そっちはどうなの?」
「さっぱり」
 軽く肩をすくめながら彼女が言った。

 何処までも続く青の空間と延々と広がる緑の絨毯。
 風は穏やかに大地を滑る。
 水は緩やかに流れ、炎は静かに光を燈す。
 誰にも侵されない聖域のようにそこは安らかだった。
「あと、一つか……」
 空を仰ぎながら闘華がポツリと呟いた。
「後一つね。長かったな~。センセが死んで、家族がいなくなって、人が滅びて」
 思い出すように一つ一つゆっくりと語る。
「センセ?」
 闘華が聞き返す。

「あ、っと透センセって言うんだけど」
「ああ、透ね。知り合いだったんだ?」

 え?

「知ってるの?」
「そりゃね。研究所じゃ有名な博士だったし」
 驚きの声を上げた私にあっけらかんと彼女は言う。
 ……そう言えば氷霊も透を知ってた……

「研究所って?」
「私たちがいた場所」

 冷たい風が頬を擽った。
 闘華の瞳はどこか遠く、声はどこか重苦しい雰囲気をまとっていた。

「いろいろ研究していたみたいだけど、
 主に不老不死について研究してたみたい。
 透はその責任者だったの」

 淡々と語られるそれは私にとってどこか遠い世界の事のよう。

「え?だって、センセはただの学校の先生で
 そんなおかしな研究の話聞いた事ないよ。
 それに、私の時代の文明はそこまで―」

「発展していた。
 そして神の怒りに触れた」

 私の言葉を遮り、闘華は静かに言い切る。

「残ったのは3人の実験体。P153、P497、P856。
 もっとも研究所がなくなった後で鬼炎、氷霊、闘華と変えたけどね」

 どこか悲しげな瞳で彼女は笑った。
「透が呼んでくれた名前だった。透は他の研究員とは違って、
 私達を番号で呼ばなかったから」

 俯いたまま闘華は目をそらす。
「実験体って?」
「遺伝子操作で作り上げたモルモット?
 それとも、単なる道具かな。」
 クスリと自嘲気味に笑う闘華。

「殆どが短命で死んだけどね。
 中には外見が80才で5年で死んだ子もいたっけ。
 私達は逆ね。この姿でどれだけ生きてるのだろう?」
 まるで、地獄のようだと言わんばかりの闘華の口調。

「それで?恨んでるの?」
 闘華の瞳が戸惑い気味に揺れた。
「……。どうしてだろう?恨んでるのに。恨みたいのに。
 彼も私たちと同じだったと思うと恨みきれない」
「同じ?」
 私は微かに小首をかしげた。
「そう。透も遺伝子操作で作られたモノ。
 最高の頭脳を持つものとして研究を続けなければならなかった。
 彼が学校の先生なんてしていたのは、わずかな抵抗心からだと思う」

 ああ、それで……
 いつもどこか悲しげだったセンセ。その理由はこんなところにあったんだ。
 闘華はそれっきり口を閉ざした。
 私も何も言わない。聞くこともしない。

 重い気分とは裏腹に空は何処までも青かった。
 まるで、何事もないかのように。

「そう言えば、紗屡夢の結界でどうして力を使えたの?」
 私は沈黙に耐えられなくなって言葉を口にする。

「ああ、あれ?これだよ」
 手の平で小石を軽く投げる。
「石?」
「そっ。媒体があれば力が使えたみたいだ」

 さすが闘華……最初から準備してたんだ。






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