真実
《ドール……》
それは、私を呼んでいるのだと解った。
優しい声で、いつも呼んでくれた。
《ドール》
呟くように、囁くように……
「だ…れ?」
驚きに固まっていた私はようやく声を振り絞って聞いてみる。
《私は……あなた》
それは苦しげに答えた。
《あなたの、オリジナル》
「オリ……ジナ…ル?」
私はガラスのカプセルにそっと手を触れる。
冷たいヒンヤリとした感覚。
《そう、そして―あなたを―》
水の中の人もそっとガラス越しに手を合わせた。
《造った者》
ツクッタ?
驚きと困惑が頭の中を駆け巡った。
《聞いて。私の罪を懺悔の言葉を》
「罪?懺悔??」
何が何だかわからない私に彼女は話し始めた。
《私がここに居るのは、幼かった頃IQが高かった私を
研究所が引き取ったから。
私はここで様々な知識を得て研究に没頭したわ。
そのうちの幾つかは世間に発表されて、名誉と地位を与えられた》
彼女はそこで一息つき、また話し出す。
《だけど、ある日私はある病にかかったの。
治療不可能な原因不明の病……》
思い出すように瞳が閉じられた。
私は瞬きも出来ず佇んでいた。
《それに気づいたのは17の時。私は10歳くらいの体格だった。
最初は個人差だろうと思っていたけど、そうじゃなかった。
私が研究していたのは不老不死よ。そのために様々な実験をした。
その一つが手違いで私自身を不老にしたわ。
あるものを引き換えに》
「あるもの?」
《ええ、生きる時間と体力よ。私の体は不老の為にそれを引き換えにした。
私は―死にたくなかった!》
悲痛な叫びがこだまする。
《何とか生きられる道を探し出したわ。
そして、見つけ出したのがクローンへの脳移植。だけど、どれも上手くいかなかった。
やがて、研究所は私の代わりにクローンを私に仕立てることを思いついた。
私のように振る舞い研究し、私の病気を治せる者を造り上げる。
私が直れば完全な不老不死の解明になるもの。
それを知らず私は研究所の言うまま、睡眠カプセルに入った。
私はこの中で時を止めて過ごした》
すっと瞼が開く。何処か遠くを見つめる瞳。
「そして?そして。どうなったの?」
《私はモルモットになったわ。ただ、そこにいればいいだけの。
クローンたちも同じよ。研究所は不老不死より、より良い頭脳を求め研究した。
どんな環境でどのような人格が作り上げられるのか。
遺伝子操作によって人格の育成は出来ないのか。
そして、記憶操作によって従順な実験体を作れないか。
研究所が欲しがったのは兵器になる人材。不老不死を実現できる頭脳。
その二つ―》
「な…に……それって」
息を飲む私に淡々とした返事が返ってきた。
《あなたも私と同じ。モルモットよ》
哀れに彼女は私に微笑みかける。
頭が混乱してる。
人体実験用に作られたモルモット?私が?
《私はクローンの一人に出会ってこのことを知ったの。
その子はもう死んだけど、他の子達を助けて、と。
その子の助けで私はここから抜け出し、クローン実験室に入って
みんなの記憶を消して逃がした。それが罪滅ぼしになればと。
なのに、あいつ等はそれさえも許さない。
逃げ切れたクローンはいない。せめて一番年若い貴女だけでもと思ったのに》
押し殺した声―これが真実?
頭の中がショートしている。
何が起こってるのだろう?一体何が。
バタンッ
開いた扉からイファと父さまが駆け込んできた。
「全て知ってしまったのか」
「少しおやすみなさい。起きた頃には何もかも忘れているわ」
伸ばされたこの手を知っている。
冷たいこの声を
凍りつく恐怖を
《ドール!!逃げて》
悲痛なこの声も。
遠い記憶の中に―
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