2024/10/31 「天才の日」

「君はテンサイだ」

そう言われて、私の中では災いの言葉が浮かぶ。
「テンサイですか? 嵐は起こせませんが」

そう言って、一枚の絵を見せる。嵐をイメージして書いたものだがぐちゃぐちゃの線で意味が分からないと以前は言われた。

「そうそう。こういうのも面白いね」
この人の目は悪いのだろうか。それともお世辞か。この後で膨大な金を吹っかけて来るのだろうか。警戒して相手を見るとニコニコと次の絵を手に取ってる。全部で15点の絵を見終えて、彼は言った。

「面白いね。画集をつくろう」
ガシュウ……松尾ガシュウ……いや。あれは松尾芭蕉だったか。頭の中で文字が結びつかない。何と言った?

「ガシュウですか?」
「そう。表紙絵は……そうだなこの絵が良いな。あと、これの別バージョンも描けるかい? 少し明るいイメージで」
嵐の絵をとって彼はそういうけれど、話が見えない。

「すみませんが、意味が分からないので。今日はこれで……。あと、展示はこの日程で良いんですよね?」

ただの展示スペースを借りるだけのつもりだった。ふざけ半分に個展をしようなんて話になって調べたらここが安かった……それだけだった。

「画集は出さないかい?」
「出しません。チラシは置けますか?」

チラシと言っても自分のものではない。友人の中で置きたいと言ってたのを思い出したからだ。

「ああ。それは構わないけど」
絵を片付けて鞄に仕舞いながら、他に確認することはなかっただろうかと考える。おそらく……ない。

「では失礼します」
なるべく失礼のないようにしたつもりだけれど、何が無礼なのかもわからない。そういって、部屋を出ると一息ついた。天才?画集?たった15点の絵で?

混乱しながら廊下を進むとガバリと鞄が開いてしまった。留め金が甘かったらしい。15枚の絵に筆箱、メモ帳、スマホに財布……全てが見事に飛び出した。自分でもびっくりするくらいの勢いで。ぎゅっと押し付けるように持っていたのが悪かったらしい。

盛大な音を立てて落ちたせいで、周囲の人がこちらを見ている。
恥ずかしさに真っ赤になりながら全てを拾い上げる。周囲の人も一緒に拾ってくれるのを感謝の言葉を述べながら受け取る。

全てを鞄に入れ終わって、絵が一枚足りない事に気が付いた。

絵ではない。漫画として描いたものだ。稚拙すぎて誰にも見せる気はなく、鞄に入ったままだったものだ。

「いいわね。これ、面白い」
ふと見ると、少し離れたところで人だかりができていた。

「これ、サイト掲載してみない?」
その中の一人がそう言った。
「は? いえ。そんなものじゃないですし……」
サイト掲載?どこからそんな話が?

「個展やってみるんでしょ? その宣伝もかねてどう?」
先ほどの話が外まで聞こえていたのか、それとも個展スペースの会社の人なのかと少し考えたが、考えるだけ無駄な気がしてやめた。

「しません」
「残念」


今日は何かに化かされている日なのかもしれない。


そう思ったのに、なぜか短期間の十数点しかない狭いスペースの個展が繁盛して、結局あの漫画も押し切られるようにサイト掲載になった。


そして、気が付けば画集が出ている。

「君、天才だね」
あの時の貸しスペースの担当者が不敵に笑った。

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