2024/11/04 「いいよの日」
「いいよ。それ、やってみよう」
それは小さな提案だった。ただ、『道具のネームプレートを付ける』というだけの提案。それが通ったことに少し驚く。だってここは、小さな会社でわざわざ『道具の名前』を書かなくても各人が覚えればいいだけだから。
実際、一年前に提案した時は通らなかった。
それが変わったのは上司が変わったからだった。不思議な人で、人の意見を一度は「いいね。それ」と面白がる。それから、問題点を洗い出したり、改善策を練ったりと色々と手を加える。結果、どう頑張っても無理な意見もあるけれど、半数はそれなりに通り、残りも形を変えて通ることが多い。
「不思議だね。あの人が来てから、空気が変わった。ただのボンボンかと思ってたのに」
そう言われるのも分かる。最初は取引先の社長の息子の修行のためにと、この会社にやって来たのだから誰も期待はしてなかった。コネ入社のボンボン。
それが、あっという間に信用を得ていく。今では、必須の人材になっている。そしてあっという間に取引先の会社に買収されてしまった。でも、誰も不満はない。従業員の待遇はそのままで、社長だけが変わる。方針も大きく変わったけれど、不満はなかった。
「すごいね。それ」
友人の話は嘘みたいだなと思ってしまうけれど、幸せそうな顔は嘘ではなさそうだった。三年前までは「いつ辞めよう」と言っていた相談が、気が付けば「次はこれを提案してみる」という話になっている。最近では無理な提案も多いらしく、三分の一は即却下されているというが、それでも意見は集まってくるというのだから恐ろしい。
「でしょ。すごくいい会社なんだ」
友人が幸せそうに笑う。
三年に一度の正社員登用試験も出来て、今年、彼女はそれにチャレンジするという。正社員ではない人間の意見を聞く会社があることが信じられない。
そして、この試験もそのような意見から出てきたという。
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