最後
終始無言の車の中で私はウトウトとしていた。
館の事は全て夢で、私はただのディメルで……
そんな風に思いたかった。
《ドール》
優しく呼ぶ声。
あれは夢じゃなく、現実。
きっと、イファの事も。
リィーグルと一緒に暮らした家に戻った。
何も言わず、何も聞かず、リィーグルは部屋へ入って行った。
私の事など見向きもせずに。
本当に助けたかったのは私じゃなく、イファの方だから。
私はリビングに行き、ソファに座ろうと思った。
!!
驚きで声が出ない。
人が居た。
それも、イファに良く似た……。
ソファで寝転んでいるその人は身動き一つしない。
寝ているのだと思った。
そっと近づいてみて違うと判った。
死んでいるのだ。
不思議と怖くは無かった。
ただ、悲しかった。
私も同じように『物』でしかないのだと思った。
私は自分の部屋だったところへ行った。
ベットから外を見つめる。
始めてみた時と変わらない外の風景。
変わったのは私。
人ならざるものだと知ったから。
1時間ほど経ったと思う。
廊下が軋む音がして、ノックと同時に扉が開く。
「ここから逃げるぞ。支度をしろ」
「あ、はい」
リィーグルはそれだけ言うと出て行った。
私は返事をして気がつく。
全て館に置いて来てしまって、何も無いのを……
仕方なく、リィーグルの部屋へ行く。
リィーグルはそこにはおらず、リビングに居た。
「どうした?」
リィーグルの方はすでに準備が終わって、旅行鞄一つにまとまっていた。
「荷物は全て館に置いて来てしまって……」
「ああ、そうだったか。じゃ、行くか」
そう言ってリィーグルは足早に歩き出す。
ガタンッ
玄関から音がした。
リィーグルが私を手で制して、自分だけで見に行く。
扉を開いた先には傷ついたイファがいた。
「どうして」
私は驚きの声をあげる。
「はい、忘れ物でしょ」
イファの手には私が持って行った鞄があった。
「何があったんだ?」
リィーグルが倒れるイファを支える。
「ちょっとね。資料の消去。ふふっ。派手に館ごと消しちゃった」
「な……」
「ここも、あの子もちゃんと埋葬しなきゃね。
私の身代わりになってくれたドールをね」
驚きの声をあげるリィーグルを尻目にイファは立ち上がる。
「行って。もう、用は無いから。これであいつらが追う時間稼ぎにはなるでしょ?」
「一緒に……。そのために来たんだろ?」
イファに差し出す手。
苦笑いをしてイファはかぶりを振る。
「……だめ。行かない。私は大丈夫よ。一人で大丈夫。
私よりディメルを守って。オリジナルのいない今、研究所はディメルを欲しているの」
「イファ、どうして」
納得いかないと言う顔のリィーグルに、サファは笑う。
「私はあなた達が逃げ切れるように、もう少し研究所をかく乱するわ。
そのうち追いつくから、だから……」
そこで、言葉は切られた。何かを決心するような顔。
「行って」
リィーグルはその言葉で足を進める。
一度鞄を取りに家の中へ。
私はその間にイファに聞く。
「いいの?それで……」
「いいのよ。お願い黙っていて。そして、幸せにね」
こくりと頷く私に満足げにイファは笑った。
リィーグルは一言イファに告げる。
「必ず、追いついて来い」
「うん。判った」
イファは笑顔でその後姿を見送った。
それがイファを見た最後。
しばらく行くと、家の方向で爆音が鳴った。
リィーグルは何も言わなかった。
私も何も言えなかった。
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