星達の集う時間5
≪《【運命・心】 ~全てはこの心の赴く先~2》≫
「とーおるぅ」
遊戯室に入るなり後ろから、がばりっと氷霊が覆い被さってきた。
「難しい顔して何やってんの?」
机の上に置かれたノートを覗き込む。
「別に」
「う~?何これ??」
氷霊は何がなんだか解らず、ノートを手に持ち上げた。
「どれ?」
そう言って鬼炎と闘華がノートを手にする。
「星。天体よね?」
「それも、かなり昔じゃないか?」
闘華と鬼炎が確かめるように聞いた。
「うん。そうだよ」
「面白い事でも思いついたのか?」
意味ありげに笑いながら鬼炎が問う。
「…そうじゃないよ。貴夜が星の事を言っていたから、調べてみようかと」
「貴夜ってこの間の……」
氷霊が口を開く。
「そうだよ」
「誰だ?それ??」
訝しげに鬼炎が聞いてきた。
「……さあね」
ニッコリと笑って僕は答える。
3人ともそれ以上貴夜の事は聞かなかった。
僕自身ですら解っていない。
僕にとって貴夜が何なのか……
「ごめんなさい、透」
『待って―――― ママ、パパ……き…』
目が醒めた。
伸ばした手の先は闇。
思い出す事さえできない記憶の果て……のはずだ。
今更、顔さえ思い出せない者達の夢を見るなんて―
待っていたのに。信じて―――
今でも信じられたなら。
「透!すぐ、実験棟に来てちょうだい!!」
研究所に足を踏み入れた途端、リースの声が廊下に響いた。
僕はすぐに駆け出す。
「何があったんです?」
「P497が暴走を始めたわ!!」
氷霊が!!?
その部屋の空気は凍っていた。
「アアアアァァ」
耳を突くような叫びがこだまする。
中央のベットに頭を抑え髪を振り乱した氷霊が座り込んでいた。
そして、その傍に研究員の死体があった。
!!
「透、処分してちょうだい」
淡々とリースは言った。
「判りました」
答えた声が震えていたと思う。
「タスケテェ。トオルゥ」
伸ばされた手が何を求めているのか僕は知らない。
頬の涙が氷となって張り付き、割れて地に落ちる。
「大丈夫。ゆっくりお休み」
手から腕へ、顔を撫でてそっと氷霊を包み込む。
「とーるぅ……とーる。と……」
耳元で囁く声が繰り返される。
「悪夢はもう、終わりだよ」
手の中の針が氷霊の首筋に飲み込まれた。
腕の中の鼓動がゆっくりと止まっていった。
「ご苦労様」
リースが氷霊から僕を引き剥がす。
「医務室に行ってらっしゃい」
指先が凍りついていた。
沈黙が支配する夜だった。
部屋の中には物音一つ立てるものはない。
指先が冷たく痺れていた。
アレは人じゃない。タダの肉の塊。
そう思えればどれだけ楽だろう。
どんなに頭を抱えても、あれは消えない事実だ。
殺したのは自分。
天井に瞬く星が全てを知っている様な気がした。
闇が不気味に其処にたたずんでいた。
僕は一番輝く星を黒く塗りつぶした。
皆がいた遊戯室。
今日は誰もいなかった。
皆それぞれ連れて行かれたのだろう。
小さな音が鳴った。
「ああ、いたの」
疲れ切った声で闘華が入ってきた。
「お帰り」
僕のほうなど見ずもせず、椅子に座ると机に突っ伏した。
「自分の部屋へ行った方がいいと思いますよ」
「いい。透がいるから」
僕達はいつだって此処に来る。
一人になりたくないから。
「そう、ですか」
「殺したくなんてないのに、なんで殺さなきゃいけないんだろう」
闘華が腕の下から聞いてきた。
「力なんか欲しくないのに、欲しがってなんかないのに」
すすり泣く声がもれる。
貴夜のように夢を見ることなんてない。
空の向こうの星に憧れる事さえもできない。
今、生きるのに精一杯で、今生き抜くのに必死。
幸せなど手に入れることがないから。
「貴夜のように幸せになど、なれないか」
「貴夜って誰?」
闘華の問いかけに僕は答えなかった。
憎んでいる。憎みたかった。
『どうして、あの時をのだろう』
「罪はどう償うんだろう。ねぇ、闘華どう思う」
「……解らない」
諦めたように闘華が答えた。
『仕方ない』なんて言い訳だと知っているから。
『どうしようもない』なんて言い訳が出来ないから。
『どうしたらいいか』なんて誰も教えてくれないから。
死にゆく日々が続く中でしか生きられない。
それでもまだ、許せないでいる。
許せたなら―
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