氷の砕ける時間1
【崩壊】
イキルトハナンダロウ
ネェ。ヒレイ?ドウオモウ?
世界の崩壊を知っていた。
ただ、知っていた。
予想は出来ても
それを止める術は知らず
ただ、あの人が望むならと
『あの人が死んだ。
世界は星達の手に。
そして、ヒレイは……』
氷に包まれた静寂。
このまま生きられないだろうか。
このまま生きたいのだろうか。
【運命】
時の間に間にそれはまどろみのように
冷たく優しくヒレイを揺り起こす。
外の事など全く知らず
ただただ眠る私に時を知らせるように―
何度目のまどろみか数える事さえも叶わぬほどの
永き眠りの果てにまた目が醒めた。
「……」
少女が一人氷越しに私を見つめていた。
ぴったりと氷に付いた手から雫が滴っている。
「ダアレ?」
それはその少女から発せられた声。
キィンという耳鳴りと共に頭の中に響いてきた。
「ソンナ所デ、何シテルノ?」
青い瞳が不思議そうに揺れる。
「ヒレイが見えるの?」
人の体を失って、氷の中に閉じ込められた私を
見つけたのは鬼炎だけだった。
「見エルヨ」
青い髪がサラサラと傾げた首筋を追って流れた。
「どうして?」
「サア?」
少女は何が何だかわからないといった感じ。
そっと氷越しに少女の手と合わせてみる。
「ドウシテソンナ所に居ルノ?」
「これがヒレイの体なの。ヒレイは眠っていたの」
久しぶりの鬼炎以外との会話。
「ヒレイが名前?ワタシハ、イアス」
相変らず、耳鳴りのような声だけどそれでも嬉しかった。
「イアスは何でここへ来たの?」
「水ニスル氷ヲ取りニ。
水ヲ作れるノハ私ノ村デハ私ダケダカラ」
そう言って、氷を砕く道具を見せてくれる。
「? 水って何処にでもあるのじゃない?」
「違うヨ。外は氷バカリダモノ。水モ作れ無いクライ寒いノ。
ケド私は氷ヲ水ニ変える力ガアルノ」
……ヒレイの力と同じ?
「デモ、ココはヤメテオク。ヒレイガイルモノ」
そう言って、洞窟から出て行こうとする。
「待って。水が必要なんでしょ?」
不思議そうな顔が振り返る。
「ソウだけど?」
「ほら、その入れ物いっぱいに入ってるよ」
イアスが持っている入れ物を指差す。
「え?? ドウヤッタノ?」
「内緒。いつか教えてあげるかもね」
人差し指を唇に当て、ヒレイは笑って見せた。
「アリガトウ。じゃあ、またね」
イアスはニッコリ微笑んで洞窟を出て行った。
それから、イアスが時々やって来ては目が覚める。
そして様々な話をする。
外は氷河期と呼ばれる凍てついた氷に閉ざされているとか
ヒレイは氷に入る前は人で眠っていなかったとか
イアスが他の人と違って声が出せないとか……
「ヒレイはね。人の身体があればここから出られるんだけどね」
「人ノ身体ガアレバソコカラ出られるノ?
ダッタラ、イアスの身体イツカアゲル。約束ネ」
穏やかな安らぎの感覚。
氷越しに感じる人の感触。
ヒレイに向かって投げかけられる言葉。
それらは他愛もないことだったのかもしれない。
でもその時間はとても楽しいモノだった。
あの時まで―
「……ヒ…レ」
悲鳴のような叫びが頭の中で聞こえる。
「ヤ……テ…ヒ………ヒレイィィ!!」
悲痛な声が洞窟内にこだました。
「イアス?何?どうしたの?」
目が覚めた時、そこにはイアスと数人の見知らぬ人。
「やっぱりいやがった。魔物め」
憎悪の目がヒレイに向けられた。
「違ウ!水ガ無くナルノハ、ヒレイの所為ジャナイ」
イアスが必死に数人の大人に訴えかける。
「邪魔するな!」
予想しうえた事だった。
「オネガイ!ヤメテーーー」
振り落とされた凶器はヒレイのいる氷には当たらなかった。
代わりにイアスの肩がざっくりと赤く染まる。
苦痛に歪んだイアスの顔。
氷を伝い落ちる赤い滴。
舞い落ちる青い髪。
声一つ立てられずそれを見ていた。
次の一撃が自分に向けられていることも知らず。
カキン
氷はわずかに砕け飛び散った。
キラキラと欠片がイアスの上に飛び散った。
「アゲル。イアスの…身体、…今…ア…ゲ…る」
伸ばした手の先は私に向けられていた。
氷が砕けてヒレイはここから出られる。
だけど、ヒレイはイアスを消したくない。
『ヒレイ……私はあなたの中で生きられるの』
それは声ではなく―
頭の中に響く想い・・・
その手の落ちる瞬間。
ヒレイは氷の冷たさを感じた。
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