2024/07/23 「米騒動の日」

『米騒動の地』
そんな石碑を眺めながら、歴史の教科書でそんなのがあったなと思い出す。
詳しくは知らない。歴史なんて覚えることが多すぎて、覚えているだけでもすごい。

けれど、歴史は残酷で新しい発見で塗り替えられていく。

さすがにこれは塗り替えられないくらいに資料があるのだろうけど……と思いながら、石碑を擦る。

チリッとした痛みが走る。私は慌てて手を引くが遅かった。

先ほどまでなかった建物にアスファルトではなくむき出しの土の道。タイムトリップだという人もいるのだろうが、現実の私は石碑の前で倒れている。
意識だけが過去に飛ばされて、『あったかもしれない映像と感覚』を見せられている。

こういうの漫画や小説だとよくあるんだよな。と思ってしまう。最初は私もそんな風に考えていたけど、やがてこれが『漫画』と違うことに気が付いた。

意識の中で負った傷は現実の体に反映されてしまうからだ。一度は骨折して戻る羽目になった。ここでの私の役目は『ケガをせずに戻る』こと。そう気が付いてから、むやみやたらに歴史に触れることはしないどころか、なるべく離れるようにしている。

今回もそう決めて、その場を離れるつもりだったが、どっと押し寄せた人波にもまれて、最前線に押し出されてしまった。

「米、よこせ」「子どもたちが飢えてしまう」「他所にやるよりここに残して」
女たちのそんな声が響く。私はひっそりと身をかがめて、どうにか後ろに潜り込めないかと思ったが誰かが私の腕をひいて前に押し出して来た。

「あんたも、いいたいこといわんと」
おせっかいなおばさんがそんな事を言いながら、「米、いるんでしょ」と聞いてきた。

「いいえ。私は……別に」
「あんたもこの家のもんけ?」
良からぬ疑いをかけられ、なぜだか、この問屋の人と同じように焦っている自分は何をしてるのだろうか……と思ってしまう。

でも、この騒動は平和的で死者は出ていない。話し合いで解決したと習ったような気がする。

しかしその記憶と違い誰かが「医者を呼んで。けが人が出た」と叫び出した。向こう側で対応していた問屋が手を出したようだ。
そして、よく見ると押しかけてきているのは女性たちだけではない。男性も混ざっている。

習ったものと違う……と思いながら、石碑を思い出した。
米騒動は海辺の女たちの一揆を元にあちこちに飛び火した……と習ったような気がする。石碑には『米騒動の地』としかなかったので、ここが発祥の地という意味ではない。

穏便だったと習ったような気がするけど、中には過激な場所があっても不思議ではない。だって、『歴史は勝者が後から都合よく捻じ曲げる』のだから。

これまでのトリップもそうだった。習った事と一致しないという事はよくある。そもそも、このトリップもどこまで事実に即しているのかわからない。


「大丈夫?」

鋭い頭の痛みに目を開けると、元の世界だった。身体を確認するとけがはない。今回もちゃんと戻って来た。

「熱中症?」
私を心配そうに見ているお姉さんがそう聞いてくるので、「大丈夫です。水分も塩分もちゃんとあります」と言って立ち上がる。
頭は痛いけれど、それ以外は何もない。おねえさんはしばらく心配そうな顔をしていたけれど、私が笑って大丈夫と言うと去って行った。

「歴史、調べ直さないとな」
私はそうぼやいて、ここの地名と『米騒動』とメモを取った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?