2024/10/22 「図鑑の日」

分厚い本を手に、てとてとと数歩歩いたと思ったらずてんと盛大に転んでいる。

その音で周囲が何事かとこちらを見た。他人のふりをしようかと思ったのに、潤んだ瞳でこちらを見るから仕方なく僕は立ち上がった。

「大丈夫? 大家さん?」
「むー。私は友人でしょ」

怒った声で返って来たが、その言葉も何故か子供っぽい。家にいるときとは別人のように子供っぽい仕草に僕は少しうなる。

「うん。で、ケガはない?」
「ない」
彼女はくるくると本を確かめてそう言った。
「違う。本は怪我をしない。君に怪我がないかを聞いているの」
「ああ。そっか。うん。大丈夫。ありがとう」

そして、脇にある椅子に座ってぺらぺらと本をめくりだした。図鑑のようだ。『少しだけ時間つぶし』のつもりで入った図書館で眺めるにはちょうどいい本かもしれない。
そして、彼女の眼はキラキラと輝いている。ただの動物図鑑だというのに、何が面白いのだろう。だったら、向こうの『残念な生き物』と書いてある方が面白そうに見える。僕はそれを手にして彼女の隣に座った。

「あ。私、それ、嫌い」
単語が3つ飛んできた。彼女はこちらをちらりと見てから、自分の手にした図鑑に目を戻した。
「それ、今、言うの?」
「うん」
悪びれた様子がないというよりも、悪いとも思っていないのだろう。
「どうしてなのか、聞いてもいい?」
「残念って、心残りがあるって事でしょ。動物たちに心残りがあるわけないじゃん。どんな環境でも精いっぱい生きて、死ぬだけだよ。私はそういう図鑑が好きなの」

彼女が開いているのは食物連鎖のページで『どの動物がどの動物たちに食べられるか』という説明が書いてある。

僕はすっかり読む気を失くしてしまった。

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