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昼休憩が終わるまであと5分(掌篇小説)

公園でお昼ご飯を食べられる、涼しい時期がやってきた。

いつもは定食屋か、朝にコンビニで買ったおにぎりをデスクで食べるか。

でも、デスクで食べていると、休憩時間中なのに仕事を頼まれたり、かかってきた電話の対応をしたりしなければならないという面倒が発生するから、できれば定食屋に行きたい。でも、定食屋は定食屋でお金がかかるし、行列に並びたくはないし、何より会社の人にばったり会うのが面倒だ。

「あれ、一人なん?一緒に食べよう」

と言われるのも嫌だし、たまたま隣の席になって何を食べているかを見られるのも嫌だし。本当は焼肉定食のご飯大盛りに+100円でクリームコロッケをつけたかったのに、健康に気を遣っている人アピールをしたくてサバの味噌煮定食にしてしまうし、お水のおかわりも言いづらくなるし、服にタレをこぼしたときにバレるのも恥ずかしいし。

だから、お昼の時間になったらできるだけ遠くへいき、会社の人が絶対に来ないであろうお店に入る。これなら何の心配もいらないし、長距離歩くから運動にもなる。ご飯のおかわりだってできる。本当は節約と健康のためにお弁当やおにぎりを作ってデスクで食べたいのだけれど、お弁当をのぞかれるリスクがあるためそれはできない。

日々のランチにこんなにも複雑に脳を使わなければならないわたしにとって、外でお弁当を食べられるこの涼しい季節はとてもありがたい。会社の近くの公園だと若社員軍団がいる危険性が高いため、遠くの公園へ行く。会社から1kmぐらい離れてるけど、涼しいから汗をかかないし、誰にも会わずにのびのびとお昼を食べられるなら、1km歩くくらいのことはなんともない。

空いている日陰のベンチを探して腰をかける。今日のお弁当は、キャベツと豚肉の味噌炒め(夜ご飯の残り)と卵焼きと冷凍ブロッコリーのお弁当。ご飯の上にはゆかりをかけて。時間が経った少し水分を含んだゆかりが好きだから、別添えで持ってくるようなことはしない。必ず朝のうちにふりかけて、ご飯がきれいな紫に色づく頃に食べるのがわたしのこだわり。

1km歩いた場所にあるこの公園は、とても広い。噴水や大きな花壇もある。ランニングや犬の散歩をしている人、ママ友の集まりであろう集団など、幸せそうな顔をしている人しかいない。実際のところ何を考えているのかは分からないけど、ひとまずみんな幸せそうではある。事務服を着ているわたしは小さく手を合わせ「いただきます」と言い、幸せな風景の一部になる。

入社当初は同期たちとご飯を食べていたけれど、社内の噂話やモテアピールに対して「羨ましいね」と嘘をつくことに疲れ、徐々に離れていった。

イヤホンをせず、木々が揺れる音や人々の話し声を聞く。葉っぱは徐々に色づき始めていた。あぁ、いい時間だ。このまま帰ろうかなあ。といつも思うけど、実行に移せたことはない。毎日ちゃんと会社に戻る。

公園から会社まで15分はかかるから、12:30には食べ終えて戻る準備をしなければならない。時刻は12:25。スマホで時間を確認し、ふと隣を見ると、わたしと同じような事務服を着た女性がいた。年齢もわたしと同じ、30歳くらいかな。その女性はパンを食べていた。あ、あの袋はこの近くの美味しいとこのやつだ。お高い店だから今日は奮発したのかな。

「そこのパン、美味しいですよね。」
「知ってますか?ちょっと高いんですけど、今日会社で嫌なことがあって…。自分へのご褒美に買っちゃいました。」
「分かります、わたしも嫌なことがあると自分へのご褒美にってたくさんお金使っちゃいます。本当は美味しいもの食べたいだけなんですけど、何か理由が欲しくて。」
「美味しそうなパンをトレーに乗せ始めたら止まらなくて、6個も買っちゃいました。」
「えー!買いすぎ!(笑)でも全部美味しそう。」
「どれかひとつあげますよ。」
「え、そんな。いいんですか?」
「はい、話しかけてくれて嬉しかったので。そのお礼です。」
「えーじゃあ遠慮なく…このメロンパン、頂きます!」
「どうぞどうぞ。あ、まだお名前聞いてなかったですね。」
「田中美里って言います。あなたは?」




なんて、人見知りなわたしにこんな出来事が起きるはずもなく。おばあちゃんにもらった深緑色の風呂敷に弁当箱を包み、戻る準備を始める。

あ、スーツの男性が来た。さっきの女性、ひとりじゃなかったんだ。2人で分けながらパンを食べているのを横目に、水筒の緑茶を一口含み、その場を去る。熱々なはずだった緑茶は少し冷めていた。

あぁ、寒くなってきたらお昼ご飯どこで食べようかな。とりあえず、パン屋でメロンパン買って会社に戻ろっと。

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