-配色-
男は
白い花を探していた。
一軒目。
白い花は、他の色の花に比べて高かった。
その理由を店主に聞くと、
「何といっても
自信がありますからね。
うちの看板商品ですから」
と答えてくれた。
二軒目。
白い花は、他の色の花に比べて安かった。
その理由を店主に聞くと、
「一番売れますからね。
うちの看板商品ですから」
と返してくれた。
三軒目。
白い花は、他の色の花と同様の値段であった。
その理由を店主に聞くと、
「一応うちの看板商品ですね。
もちろん、他の色の花もおすすめです」
と言ってくれた。
男は三軒目の店で
白い花を買った。
「おかえりなさい」
帰宅すると、
今年、小学校に上がったばかりの
娘が出迎えてくれる。
「あ、また花を買ってる。
それは、わたしの分じゃないの?」
男は娘に、
これはお母さんに買ってきたんだ、
あなたにはこの前
オレンジ色の花をあげたでしょう、
と説明した。
「いつも、お母さんばっかり。ずるいなあ」
娘はそう言うと、
再び奥の方へ行ってしまった。
男は、
妻は白い花が好きだと
ばかり思っていた。
翌日、
娘を連れて
妻が入院している病院へ赴く。
「あら、また来てくれたのね」
症状はそんなに重くはなく、
日頃の無理がたたって
貧血を起こしたのだ。
と言っても、
これで2回目の入院である。
「あら、また花をもってきてくれたのね」
そのように言う妻は
嬉しそう見えたが、
この時に娘は
家に挿してあった
オレンジ色の花を少しもち出しており、
それに妻は気付いたようである。
「いいでしょ、この花。
お母さんも本当は、
こっちの色の方が好きなんじゃないの?」
と娘が無邪気に言うと、
妻は
「そうね」
とだけ言って、
明るく微笑んでいた。
妻と娘に、
ちょっと
外に行ってくる
旨だけを伝えて、
男は喫煙所へ向かった。
初夏の日差しは、
なかなかに強くなった。
男は、
いままでの生活について
思い返していた。
自分はどれだけ
妻のことをわかっているのだろうか。
いま思えば、
いろいろと至らぬ点が
あるように思われた。
白い花を買ってきたのは
自分であるが、
果たして妻が本当に欲しいものは
その色だったのか、
自分の好みをただ
押し付けていただけではなかったのか、
そのように思えてきた。
さらには、
結婚相手として
どことなく選ばれたのは
自分であって、
会社に
社会に
これこれ
こういう役割として
求められてきたものを
演じさせられているのは
自分であって、
自身を見つめることが
足りていないのではないか
とあれこれ
考え込んでしまった。
初夏の高い日差しのせいで、
そのように
考えてしまったのか。
たばこもろくに吸わずに、
男は病室へと戻ることにした。
部屋では、
娘が妻に対し、
なにか楽しそうに
学校での出来事を
話し込んでる。
それに対し、
穏やかな表情でもって
妻は耳を傾けている。
その光景を目にした男は、
いくぶん
ほっとした気持ちを
感じることができた。
ベッドのそばにある
低い台には、
白い花瓶が置いてある。
その花瓶の内側には、
娘がもち込んだ
オレンジ色の花が
きれいに
挿しこまれている
ようだった。
以上
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