-青い靴-
中年男
「さあ、お嬢さん。どの色の扉にするかな」
打ち付けの壁に目をやると、
左から
赤、黄、青色の
3つの扉が用意されている。
中年男
「好きな色の扉を選んでね。
その先に、
あなたの幸福が
待っているかもしれないよ」
赤の扉、黄の扉にも惹かれたが、
なつみが選んだのは
青の扉だった。
ギィィ、、
とゆっくり扉を開けると、、
チュンチュン!
窓の外からは小鳥のさえずりが聞こえる。
「なんだ、夢か、、」
なつみは
ゆっくりと
ベッドから起き上がった。
なつみは、
この春から社会人1年目で
会社では経理を担当している。
本を読むのが好きで、
大学では文学を専攻したが、
将来のことを見据えて
簿記の資格を取ったりもしていた。
職場の人には
幸いにして恵まれた。
個性的な面々もいるが、
わるい人たちではない。
「その靴、似合っているじゃん」
出社して早々に、
同期のタケヒロが
声をかけてきた。
口がうまく、
人付き合いもそつなくこなす。
入社してから
まだ2ヶ月くらいしか
経っていないが、
先輩、上司からは
すでに一目置かれている。
タケヒロの言葉を聞いて、
なつみは悪い気はしなかった。
景気はそんなに悪い状況でもなく、
なつみのその日の仕事も、
定時を回ってから
程なくして終わりそうだ。
なつみは
いつも通り
早めに帰宅する。
現在のところ
実家暮らしで、
家に帰ると
パート帰りの母親が
すでに居間にいた。
「なつみ、あなた若いんだから、
もっと明るい色の
服を着たらいいじゃない。
会社に行くにしたって、
もっと派手でもいい気がするわよ」
昔から、母親は
なつみの私生活に
口を入れてくる。
なつみが子供の頃、
母親がもっと若かった頃、
よくその母のクローゼットを
いじくって遊んでいたのを思い出した。
その頃の母親の服装は、
いまと変わらず
落ち着いた色が多かったのを、
なつみはよく覚えている。
いつものように
就寝前、読書の時間を設ける。
ここ最近は
あまりぱっとする本がなく、
昔読んでいた本のページを
繰り返すことが多かった。
なつみは
知らないうちに眠っていた。
気付いたら
翌朝を迎えている。
昨晩は夢を見なかったようだ。
身支度をして、
急いで駅へと向かう。
なつみは
駅のホームで
上りの電車が来るのを待った。
「その靴、似合っているね」
ふいに背後から
声を掛けられた。
地元が同じで、
昔から付き合いがある
みつる君である。
聞き慣れた声ではあったものの、
大学に進学してからは
なかなか会うことも
少なくなっていた頃である。
久しぶりの
みつる君との会話に、
なつみの顔からは
思わず笑みがこぼれた。
初夏の明るい日差しが、
なつみの足下へと
降りそそぐ。
その足下は、
昨日と変わらず
青く澄んでいた。
以上
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