日記11日目
目が覚めると窓の外はすっかり明るくなっていて、スマートフォンの画面には、クレヨンで描かれた女の子の壁紙の上に、11:40の白い文字がぼんやりと映っていた。
アルバイトを辞めてからもうすぐ一月がたつ。エアコンのすんとする臭いに溢れた部屋には、たばこの空箱や脱ぎ捨てられた黒いスキニーパンツ、空のペットボトルにくしゃくしゃになったビニール袋が散乱していて、一日の始まりに見る光景としては、とてもふさわしいものとはいえなかった。
しばらくベッドの上でじっとしていると、アルバイトを辞めたこと、社会で今まさに身体を酷使して働いている同世代の人間達、凋落していく自身の生活、ひどい罪悪感と劣等感。そういった「現実」が、重油のようにドロドロと脳みそに満ちていくようだった。思わず声にしてしまいそうな呻吟を噛み殺しながら、ベッドから身を引き剥がして身体を伸ばす。背骨がパキパキと音をたてる。床が少しだけきしむ。脳みそから溢れた重油がどくどくと心臓に流れはじめる。
お風呂に入ろうとおもった。この憂鬱も重油の汚れも、全部洗い流してしまおう。汚れ落としのないように丁寧に洗おう。頭のてっぺんから足の先まで全部をラベンダーの清潔な香りで包んでしまおう。そうすればきっと僕は大丈夫だとおもった。なにが大丈夫なのかよくわからないのだけれど、そうすれば今日一日を健やかに過ごせるとおもった。とにかく今はそうする他なかった。開けっぱなしのタンスから下着を引き出してお風呂にむかう。落ち込んでしまわぬよう勇んで踏み出した左足に弾かれたペットボトルが、からん、と悲しく響いた。