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コロナと観光:訪日外国人の宿 澤の屋旅館の今

やっと初夏らしい陽気が戻った5月も下旬。「訪日観光再開に向け 実証ツアー」「"観光鎖国"転換へ 訪日客回復に期待 円安追い風」…各メディアで、インバウンド観光復活の兆しを謳うニュースが報じられています。2020年に始まったパンデミックから丸2年。外国人旅行者向け観光事業は、この長い「冬の時代」をどう過ごしてきたのか。観光学を専門とする、TOKECOM教員、中村忠司先生にレポートいただきました。

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澤の屋旅館(東京都台東区)は12部屋の小さな日本旅館だが、外国人旅行者に絶大な人気があり、これまで92ヵ国のべ19万人を超える旅行者を受け入れている。古い町並みが残る谷中で下町文化を味わえるほか、家族旅館ならではのアットホームな雰囲気を感じることができる。インバウンド客中心の宿がコロナ禍の中でどのような状況なのか気になり、2022年2月に館主の澤功さんと現在旅館を切り盛りしている澤新さん、その日旅館を会場に個展を主催していた本屋しゃんの名前で活躍するプランナー中村翔子さんにお話を伺った。

 2020年春に新型コロナウイルス感染症が日本でも拡大し、4月7日に緊急事態宣言が出された時、澤新さんは最初は長引くとは思わず、少し休憩のつもりだった。しかし電気の消えた館内を毎日目にするうちに、外国人のお客さんがメインの旅館にはたして日本人が来てくれるのかと不安はあったが、できることをやるしかないと決断したそうだ。

 最初に始めたのが2つのお風呂を活用した日帰り入浴である。利用代金は温泉ではないのでワンコイン500円とした。TwitterやInstagramなどで発信するうちに、地元の方を中心に徐々に利用客が増えて来た。新さんはお客さんと久しぶりに話ができたことが嬉しかったそうだ。ある日お風呂のお客さんから「泊まる人がいないなら、部屋を貸したら」と提案があり、宿泊費の半額でデイユースが始まる。やってみると畳の部屋でのテレワークを面白がる若い人や谷根千巡りの観光目的の方がお風呂と休憩で利用してくれるようになった。

【澤の屋旅館HP】 

写真2貸切風呂tokiburo

日帰り貸切風呂

そんな中、プランナーの中村さんから企画書が届く。中村さんは以前オランダ人の友達に澤の屋旅館を紹介して泊めたことがあり、Twitterでデイユースを実施していることを知って利用してみたそうだ。旅館に行くといろいろ気になるものが置いてあるし、部屋も気に入り、新さんに澤の屋旅館の歴史などを聞いた。そうしているうちに、どうにかしてこの旅館の魅力を広げたいと考え、企画をまとめたと言う。2021年9月に客室とパブリックスペースを使って、アート&ブックプロジェクト ようこそ「えんぎやど」へ エリカ・ワード+境 貴雄という2人展が開催される。さらに2022年2月にはMIOKO個展「たまにはヨソの布団の上。」が催された。中村さんは開催告知のチラシを貼ってもらうために街のお店を回り、街の人となじみになったという。

写真3MIOKO個展

MIOKOさん個展(上)(下)

写真4MIOKO個展

会場を案内してくれた澤功さんは「人が来てくれるということが旅館にとっては大事なこと。人に場を提供できること。お風呂の関係がどんどんつながっていく」と語ってくれた。地域の宿は外からの人を泊めるだけでなく、地域の寄り合いの場であり、様々な家族行事の場でもあった。インバウンドの拡大と効率化の中で、宿泊に特化する宿泊施設が増えている。宿泊特化は一方で地域との関係性をそぎ落としていくこともある。地域の人達との関係性を築きながら、外から来た人がその地域を楽しみ、地域の人と出会う拠点としても宿が存在することで、観光と地域の共存が図られていくと感じた。

中村忠司ゼミでは毎年12月に「谷中まち歩きと澤の屋旅館の見学」を行っています。

(中村忠司)

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