『パラサイト/団子屋の家族①』
第65回岸田國士戯曲賞最終候補となりました『A-②活動の継続・再開のための公演』上演台本の中に『パラサイト/団子屋の家族』というシーンがあります。これは2020年7月に公演中止となった『東京オリンピック』上演用に書いたのを直したものです。白水社のサイトで岸田賞ノミネート作品が期間限定でお読み頂けるタイミングですので、よろしけれこちらのオリジナルバージョンも是非ご覧下さい。(①編、②編、③編に分けて掲載します。)
さくら/団子屋の女将(宮部純子)
博/団子屋の主人(塚本直毅)
満男/団子屋の息子(玉田真也)
泉/満男の元カノ(長井短)
司会/アフタートークの司会者(森本華)
川﨑/ウーバーイーツ(川﨑麻里子)
ソン/ソン・ガンホ(森一生)
妻/ソン・ガンホの妻(菊池明明)
娘/ソン・ガンホの娘(森本華)
【場面/とらや】
さくら「(電話で)もしもし、柴又とらやです。あ、はい、、あいすみません、、騙すつもりなんてそんな、、はい、、はい、、仰る通りでございます、、今後は気をつけますので、、はい、、それでは、、ごめんくださいませ。(電話を切る)」
博「どうした?」
さくら「何が『お帰り寅さん』だって。最後まで見たって寅さんちっとも帰って来やしないじゃないかって。もの凄い誹謗中傷を言われたわ。」
博「『お帰り寅さん』なんて釣りのタイトルつけるからだろ。 反対だったんだよ俺は。こんなタイトル見たら誰だってお義兄さんが帰って来るって思うだろーが。れで実際は満男がゴクミとあーだこーだやってるだけで、肝心のお義兄さんは帰って来ねーんだから。そりゃみんな怒るわな。」
さくら「『お帰り』なんて言葉を気安く使ったのが悪かったのね。亡くなった横田滋さんのこと考えたら『お帰り』なんて言葉気安く使うべきじゃないもの。めぐみさんが帰って来た時に横田夫妻がかけてあげる言葉。それが本当の『お帰り』なの。」
博「そこで『お帰り』は違うだろ。GO TOで旅行に行ったんじゃないんだぞ? 拉致だぞ? なんでそれで『お帰り』なんだよ。お前北朝鮮を修善寺かなんかと勘違いしてんじゃねーか?」
さくら「言って欲しくないね。私だって心情はそう。怒りで体が震える程よ。でもストロングスタイルを続けて拉致問題が解決できるっていうの?」
満男「ちょっとどうしたんだよ。夫婦喧嘩の声が高砂まで聞こえてるよ。お帰りは『はやぶさ』が帰って来たときに使う。それがふさわしいのさ。これには誰も異論を挟む余地はないだろ?」
博「バカかお前は。 いいか? はやぶさにはボタンが2つしか付いてねぇんだよ。『出発』ってボタンと、その隣の『劇的に帰る』ってボタンとその2つしか付いてねぇんだよ。」
さくら「当時民主党政権で、蓮舫に事業仕分けで予算削られそうになったから慌てたJAXAが百田尚樹に台本書かせて一大スペクタクルに仕立て上げて、はやぶさを帰したんじゃないの。」
博「お前は劇作家なんかやってるくせに物事の裏側が全然見えてないね。」
さくら「だけど、まさか満男が劇団立ち上げるなんて。想像もしなかった。」
博「作・演出で主演までやるんだもんな。芝居もいいんだまた。」
満男「急に褒めないでよ。照れるから。」
【場面/劇場】
司会「本日は、劇団満男企画『今がオールタイムベスト』にご来場下さりまして誠にありがとうございました。これより、アフタートークを始めさせて頂きます。満男企画の主宰で、本作の作・演出・主演をつとめました諏訪満男さんです。どうぞお入り下さい。」
満男(椅子に座る)
司会「では、ご質問のある方いらっしゃいましたらお手を上げて下さい。」
泉(客席で手を上げている)
司会「ではそちらの、女性の、何と言うかその、、エキゾチックなお顔立ちの。 違います、その後ろの、、はい。 お名前とご質問を。
泉「まずあの、、とっても面白かったです。」
満男「ありがとうございます。」
泉「それであの、、師匠筋にあたると思うんですけど、青年団主宰の平田オリザさんがクローズアップ現代で、製造業は景気が回復すればまた作ればいいけど、文化はそうはいかないんだみたいな趣旨の発言をされたかと思うんですけど、それについて満男さんのお考えというのを、、
司会「あの、申し訳ございません。テラスハウス法案の制定により、匿名でのご発言はご遠慮頂いております。最初にお名前を頂戴できますでしょうか?」
泉「そんな法律できたんですか? すみません、海外で暮らしているもので。 及川泉です。」
満男「泉ちゃん?」
泉「脅かすつもりじゃなかったの。池袋に来たら偶然この公演のポスターを見て、当日券で入ったの。諏訪満男って名前見てまさかと思ったけど、驚いたわ。」
満男「驚いたのはこっちだよ。」
泉「お芝居してる時に満男さんと目が合った気がしたから、気付いてるのかと思った。」
満男「ごめん。芝居に入ってて。」
泉「へぇ、入るとかあるんだ。 今は?」
満男「今は、、降りてる。」
泉「役を持って帰っちゃう人とかもいる?」
満男「前の座組でいた。」
泉「へぇ、なんかすごいね。私の知ってる満男さんじゃないみたい。そっか、そうだよね。もう私の知らない満男さんが一杯あるんだよね。」
満男「なんか、、ごめん。 でもどうして日本に?」
泉「仕事で昨日着いたの。それで、よく満男さんと行った大勝軒のつけ麺が食べたくなって東池袋に行ったんだけど、空き地になってて。」
満男「随分前に閉店したよ。」
泉「閉店、、私たちの関係と一緒ね。」
満男「、、、」
泉「ごめんなさい私ったら、、ベラベラ喋っちゃって。あなたとお近づきになって満男企画に出演したいって女優さんが早く楽屋挨拶したくてこの時間をやり過ごしてるのに。私帰るわね。せっかく池袋まで来たから、ちょっと足を伸ばして満男さんとの初めてのデートで行ったとしまえんでも行くわ。」
満男「閉園したよ。」
泉「閉園、、私たちの関係と一緒ね。 永遠のものと思ってた大勝軒やとしまえんが潰れちゃうんだもん、、私の恋心なんて潰れちゃうの当然よね。教えて?逆にどこならやってる? ザウスは? 船橋オートは? 山一證券は?」
満男「柴又においでよ。」
泉「柴又?」
満男「うん。柴又は泉ちゃんが日本にいた頃のまんまだよ。泉ちゃんが来るなんて言ったらうちの家族も喜ぶよ。」
泉「社交辞令で言ってるんだったらそう言ってね?海外暮らしが長くて、社交辞令なんてどこかに置いて来ちゃったから。」
満男「柴又に社交辞令なんて存在しないよ。あるのは人情だけさ。」
泉「満男さん。 当にいいの? お邪魔じゃないかしら。」
満男「結構毛だらけ猫灰だらけ。」
泉「満男さん。」
満男「(司会に)アフタートークはこれで。」
司会「え?あれ? でもお客さんが。」
満男「僕の作品は、見て頂いたものが全てですので。今日はありがとうございました。(泉に)行こう泉ちゃん。」
司会「え? でも、、」
満男「あ、そうだ。」
司会「どうなさいました?」
満男「質問の答えです。さっきの質問の答え。製造業と文化芸術について。」
泉「それを言っちゃおしまいよ。 ほら、満男さんの叔父さんの寅さんがよく言ってたじゃない。 それを言っちゃおしまいよ、って。」
満男・泉(笑う)