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『パラサイト/団子屋の家族③』

さくら/団子屋の女将(宮部純子)
博/団子屋の主人(塚本直毅)
満男/団子屋の息子(玉田真也)
泉/満男の元カノ(長井短)
川﨑/ウーバーイーツ(川﨑麻里子)
ソン/ソン・ガンホ(森一生)
妻/ソン・ガンホの妻(菊池明明)
娘/ソン・ガンホの娘(森本華)

【場面/ソンガンホ宅】

満男「チョギヨー(すみません)。アニョハセヨー(こんにちは)。」 

妻「イエー(はい)。」

満男「ウーバイッチュ イヂマン(ウーバーイーツですけど)。ソンガンホッシ ウィ テギムニッカ(ソンガンホさんのお宅ですか?)。」

妻「ダリョ チュセヨ(お待ち下さい)。」
 (満男を招き入れ)「ご苦労様。」

満男「ご注文のお品をお届けに来ました。」

妻「主人が注文したんですけど、急な取材が入って出かけてしまって。  よかったらコレ召し上がりませんか?勿論お代はお支払いします。私たちは私たちで、銀座久兵衛に出張料理をお願いしちゃってるので。」

満男「失礼ですが、ご主人って、あのソン・ガンホさんですか?」

妻「えぇ、韓国の国民的俳優、ソン・ガンホ氏です。」

満男「僕も大好きな俳優さんです。伺えて光栄です。」

妻「ありがとうございます。皆さんにそう仰って頂きます。」

娘「幕が上がる!」

妻「やめなさい、人前で。」

娘「だって練習しないと。」

満男「今のって、『幕が上がる』の台詞ですよね?」

娘「はい!」

妻「あら、ご存知ですか?」

満男「はい。僕は原作の平田オリザさん主宰の青年団に所属してますので。」 

妻「まあ。」

娘「え?青年団の方なんですか?」

満男「はい。」

妻「実は、娘が韓国版『幕が上がる』で主演をつとめることになりまして。」

満男「そうだったんですか。」

妻「平田オリザ先生がおられる兵庫県の富岡市でお稽古する予定だったんですが、兵庫県でコロナが出たじゃないですか。その関係で兵庫入り出来なくなってしまって。それで各家庭で自主稽古ってことになったんですけど、私お芝居のことなんて全然わからなくて。」

満男「ご主人がいるじゃないですか。」

妻「撮影やら取材やらで忙しくって。家でお尻をつく暇もないんですから。」

満男「そうですか。それにしてもちょっと酷いですね。」

娘「え?」

妻「娘のお芝居がですか?」

満男「前にSUGIZOがソロアルバムを作ったとき、自身が歌わないでヴォーカリストを迎えた理由を聞かれて、『ミュージシャンとしての自分が、ヴォーカリストとしての自分を許せないから』って答えてたんですけど、僕も演出家としての自分がウーバーイーツとしての自分を許せないんです。 娘さんの間違った方向の芝居をやり過ごすことはできません。でも、今僕がここにいる理由はウーバーイーツです。その仕事に徹するべきでしょう。」

妻「よかったら娘のお芝居を指導して頂けませんか?」

満男「そうしたいのですが、この後もウーバーイーツの仕事がありますから。」

妻「お給料、ウーバーの5倍出します。10倍。いや20倍。」

満男 (ウーバーのバッグを降ろす)「満男、引く、ウーバー、イコール 演出家。劇団満男企画主宰の諏訪満男です。」

妻「ありがとうございます!」

満男「はっきり言ってお嬢さんの芝居は第三舞台まで行ってしまっています。これを青年団まで引っ張り戻すのは並大抵ではありません。タフな稽古になるけどいいかい?」

娘「お願いします。」

満男「大丈夫。左翼だった西部邁が右翼になったり、愛煙家が禁煙に成功すると嫌煙家になるのと同じ要領で、第三舞台から青年団に一気に振る。わかるね?」

娘「はい。」

満男「たまたま呼んだウーバーイーツが僕でよかった。青年団系の中でも台本の遅さと演出の良さには定評がありますから。」

妻「そうなんですね。平田オリザさんにもお話通した方がいいんですかね?」

満男「演出家っていうのは、自分の所の役者が陰で演出つけられるのを一番嫌うんです。本番終わって役者が飲みに行って、その席に知り合いの演出家かなんかがいて、『あそこのシーンあーしたらいいんじゃないの?』とか入知恵されて、翌日こっちに断りなく芝居変えてきたりするのが一番腹立つんです。」

妻「そうなんですね。」

満男「僕から話を通しましょう。(携帯で)あ、もしもし、オリザさんですか。満男です。ご無沙汰してます。どうですか?富岡は。あぁ、こっちより暑いんですね。え?自分にもしものことがあった時には?僕に青年団の主宰を継がせたい?オリザさん、、そんな縁起でもないこと言わないで下さいよ。わかりました、、そこまで言って下さるんでしたら。僕のことをそこまで評価して下さっていたんですね。ありがとうございます。ところで、韓国版『幕が上がる』の主演の子、僕の方で少し演出つけてあげてもいいでしょうか。勿論です。手柄は全部持って行って下さい。僕はこの件について公言しません。『エンドロールに乗らない仕事、それこそがクリエイティブなんだ』ですよね?それではお身体気をつけて。先日頂いた揖保乃糸のお礼がまだでしたね。ご馳走様でした。はい、それでは、失礼します。(電話を切る)(妻に)話通しておきました。」

妻「ありがとうございます。オリザ先生と満男先生とのご関係って、あれですかね?『振り返れば奴がいる』の鹿賀丈史と織田裕二みたいなご関係なんですか?」

満男「じゃあ差し詰め、奥様は千堂あきほといったところでしょうか?」

妻「悪い人。」

娘「携帯。」

妻「どうしたの?」

娘「携帯の画面消えてた。」

妻「え?今の電話が杉田水脈よろしくのエア電話だったって言うの?」

満男「これ5Gだから。5Gからは消えるんだよ。画面。通話中。」

娘「その5G、ちょっと見せて下さい。」

満男「お嬢さんの今のこの突っかかり方とか、すごく鴻上尚史的ですよ。」

妻「あなたラサール石井のラインに乗りたいの?」

娘「違うけど。」

妻「だったら杉田水脈がどうのなんて関係ないでしょ。」

娘「でも、、」 

満男「取り返しがつかなくなります。早く始めましょう。」

妻「お願いします。どうぞお入り下さい。」

満男「いいかい、お芝居っていうのはまず器を決めるんだ。君がやる演劇は小劇場演劇だね?」

娘「はい。」

満男「さっき君がやってた芝居は何だ?まるで宝塚か、宝塚に入れなかった人が地方とかでやってる田舎宝塚みたいな芝居だ。あれを小劇場でやるのかい? 自分は気持ちいいさ。でも見せられた方の気持ちはどうだ? 一般の人が小劇場演劇に持つ嫌悪感こそがそれなんだ。下北の数十人が入れば一杯の小さな劇場で、すぐ目の前で汗と唾を飛ばされながら大仰な芝居を見せられそうだっていう。オリザさんの青年団がそれをぶっ壊した。しかも静かにぶっ壊した。静かな演劇でうるさい演劇をぶっ壊した。そこが革命なんだ。さっき先生、芝居は器だって言ったね? 落合はロッテ時代、小さな川崎球場なら川崎球場でギリギリに入る距離のホームランを打った。もう少し大きいナゴヤ球場ならナゴヤ球場でギリギリに入るホームランを打つ。じゃあ、小劇場演劇なら落合はどう打つ?」

娘「キャパ100人のお客さんにギリギリに伝わる芝居を打つ。」

満男「いいぞ。でもここからが三冠王になるかスタッフ臭が漂う役者になるかを分けるんだ。こうやって聞くとほとんどの役者が声を小さくしてみたり、芝居を小さくしようとする。君も今そう考えたね?」

娘「はい。」

満男「違う。ギミックを使うんだ。」

娘「ギミック?」

満男「(妻に)奥さま。」

妻「はい。」

満男「『生ハム切り落とし』ってありますよね。スーパーなんかで。」

妻「はい。」

満男「299円かなんかで。つい買っちゃいますよね。」

妻「はい。」

満男「あの生ハム見て思いませんか? 切り落としって言う割に切り揃ってるなって。」

妻「、、そうですね。」

満男「あれ『生ハム切り落とし』じゃないんですよ。『切り揃え生ハム』なんです。」

妻「どういうことでしょうか。」

満男「『生ハム切り落とし』299円って聞くと、もっと高い生ハムが299円まで降りてきた感があってお得感を得られますが、『切り揃え生ハム』299円って言われてどうですか?」

妻「適正価格っていうか、むしろ安モンのくせに体裁だけ整えて出てきて、ポテンシャルは低いんだけど妙に担がれてる○○みたいな感じがします。」

満男「かなり個人的な見解ですが、まぁいいでしょう。いいご意見でした。」

妻「ありがとうございます。」

満男「(娘に)これが『切り落とし』のギミックだ。芝居を小さくするんじゃない。切り落とすんだ。芝居を切り落とせ!君は安モンなんかじゃない!一級品が299円まで降りてきたと思わせるんだ!(耳元で)ドント・フィール・シンク!感じるな!考えろ!さぁもう一度やるんだ!さっきまでの三文芝居を切って切って切り落とせ!幕が上がるのを待つな!自分で幕を上げるんだ!さあ、見せてくれ!『幕が上がる』切り落としを!

娘「(いい感じの)幕が上がる!」






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