車の中で
少し前、300人越えのボランティアエキストラさんと早朝から晩までワーワー言いながらの撮影をしていた。私はエキストラ担当応援。
東京から2時間ほどの場所。
わざわざ遠方から自車で参加してくれた方の車が駐車場に並ぶ。
交通費もなし、出演料もなしのボランティアエキストラさんたちだ。
エキストラをボランティアで集めることに関しては思うところあるけど、集まってくれる方には1日楽しんでほしいし、最後まで気持ちよく参加してほしい。
体調不良を除いて、飽きちゃったりで途中離脱する方がいると申し訳なく思う。
そして、出演者に興味があって参加する方が殆どだと思うけど、これを機に日本映画に興味を持ってもらいたい。
そんな気持ちで接している。
撮影3日目、皆勤賞のエキストラさんたちはいよいよ私の名前を覚えてくれて、気軽に話しかけてくれる。
1人づつ対応するのは正直大変に思う時もあるけど、なるべく1対1の関係性を意識して話す。
初めてエキストラ担当をやった作品で、私の出演キャンセル連絡が遅くてお叱りを受けたことがある。
その日のために仕事を調整して、予定を空けて、もしかしたら新しい靴とか買ってたかもしれない。それなのに、私は出演枠が埋まったという理由でお断りした。
撮影日の2日前くらいだったかな。
その人の生活の大切な1日を映画のために使わせてもらってるんだなというのを実感した。映画人ってちょっと偉そうだよね。自分達の好きなことやってるだけなのに、偉そう。そうゆう自惚が昨今の映画関係者への不審を招いてるんだろうな。
それからは、いやいや、それまでも偉そうな気持ちはなかったけど、より丁寧に仕事をしようと決めた。
3日目の撮影が始まって、静かになった運動会テント(*1)で小休止してると、1人の女性が走って戻ってきた。ご親族に不幸があったとのこと。
聞くと東京方面から来てくれてたそうで、ここから2時間かかる。
GWの真ん中、もっとかかるかもしれない。
私と同じくらいの年齢のその女性は、「すみません、すみません」と途中で抜けること、衣装や小道具を自分で返しに行けないこと(*2)を気にされていた。
そんなことは気にしないでいいのに。
昔、撮影中に祖母の危篤の連絡がきた。
すぐに帰りなさいと言われて、プロデューサーが最寄り駅まで送ってくれた。
そこは東京から2時間くらいの田舎町で、1時間に1〜2本しか電車が来ない無人駅。
それでも運良く10分後に上り電車がくる。
1人ベンチに座ると急に頭の中が真っ白になった。無。寝てるような感覚。
たぶん10秒くらい。
あれさ、死んだ時もあんな感覚になるんじゃないかな。
クラクションで我に帰って後ろを振り返えると、さっきのプロデューサーが戻って来ていた。
「こっちの方が少しは早いかもしれないから車で病院まで送る!」
そこから病院まで車の中で何を話したか覚えてない。
ずっとクラシックが流れてた。
途中で祖母が亡くなった連絡が来た。
電車でも全然間に合わないタイミングだった。
亡くなったことを伝えると「ごめんね」と言われた。
その時、誰かが近くにいてくれて本当によかったと思った。
エキストラさんは、
駐車場に並ぶ沢山の車の中から自分の車を探すこともできなくて、飄々としているように見えてもそうではないことが良くわかった。
やっと見つけた車に乗り込む時に「くれぐれも気を付けて下さい」としか言えなかった。
3日間楽しかったです。と言い残して車は出発していった。
その先のことは分からない。
けど、私と同じように彼女も日常に戻っているはずだ。
*1 :エキストラさんの待機場所。運動会テントを何十機も並べて西本願寺の本堂くらいはあったんではなかろうか。(そんなにはないか)
*2:衣装や小道具(帽子、靴、鞄)を撮影用の着替えてもらった場合は、基本的に本人に借りた場所(衣装テント、小道具テント)に返却に行ってもらう。
そのエキストラさんは、そのことをやり遂げようとしてくれていた。
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