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フィンランドで働く〜労働組合編#2 労働協約で労働者を守る

この記事はシリーズものです。目次はこちらを参照してください。

前回はフィンランドでの労働組合についてと周りとの相関を説明しました。

ややこしい単語が多く出てきて辟易されてないでしょうか。今回は単語まみれの記事ではなくなるので安心してください。ただ前回よりちょっと長くなります。

労働者側の組合と雇用主側の組合との間で取り決めを行う労働協約について今回は詳しく説明していきます。



労働協約 - Työehtosopimus

労働協約は正式名称 Työehtosopimus といいます。頭文字をとったTESという略称がよく使われます。

求人広告で「給与:TESに準じる」と書かれていることがあります。これは「労働協約に準じた給与を支払います」ということです。

労働者は法と労働協約で守られています。基本的に協約は法よりも広い範囲で保障をします。法律より悪い条件になることはまずないでしょう。

保障内容は業界や職種によって異なります。共通する部分も多くありますが、業界によっては保障が手厚かったり逆に少し不足していると感じたりすることもあるでしょう。



代表的な保障内容

では具体的にどう保障されるのでしょうか。
代表的な例を見ていきましょう。

給与保障と賃金値上げ

フィンランドでは法律で最低賃金を保障しておらず、労働協約によって保障しています。
日本での地域別最低賃金のようにただ一行記載するのではなく、学歴や過去の経験年数も含めて細かく設定されている場合も多いです。

これにより「それなりの経験があるのに新卒と変わらない賃金で雇われる」ことが回避しやすいです。
もちろん最高賃金は定められてないので、経験が豊富なら転職時にしっかりと自分の経歴をアピールし、協約よりも高い水準の給料を希望しましょう。
(どちらかと言うと、交渉のほうが大事だったりします。)

また企業側の業績に関係なく年に1回、賃金値上げを確約している協約も多いです。額としては正直微々たるものです。しかし「業績が厳しいから」という理由で一切上がらない、ということがないのは嬉しいですね。

給与の値上げ率(%)は年度や業界によって大きく変動します。
インフレが著しかった2023年はそれなりの値上げが保障されましたが、2024年は少し落ち着いたので控えめの値上げになりそうです。

【余談】
日本は諸外国に比べて珍しくインフレ率が低い国です。
(それでも昨年の高インフレはさすがに日本にも影響があったようですが)
対してEU(フィンランド)では毎年そこそこの度合いでインフレが進行します。その保障という形で毎年値上げがされています。

日本人にとって「毎年の給与値上げは当たり前」といった認識は遠慮されがちですが、こちらではごく普通のことです。



休暇時にボーナスがもらえる

Lomarahaと呼ばれるボーナスが長期の休暇を取得した際に支払われます。
(Lomaはフィンランド語で休暇、rahaはお金という意味です。)

休暇期間の50%(4週間の休暇なら2週間分)の給与と同額支払われます。
日本の一流大手企業などに比べれば額は小さいでしょう。しかし業績に関係なく毎年必ず貰えるボーナスです。

支給は6月、または休暇期間中の給与と同じタイミングで支払われます。※業界や職場によって大きく左右されます。

【歴史から学ぶ】
Lomaraha は以前 Lomaltapaluuraha と呼ばれていました。
Lomalta(休暇から)+ paluu(戻る)+ raha(お金)という意味です。

1970年代初頭はストライキ中(ある意味"休暇")にスウェーデンに出稼ぎに行きそのまま戻ってこないことが度々起きていました。
昔は暇を出された時に転職活動をし従業員が戻ってこないのは一般的だったようです。

こういった背景もあり従業員の転職を引き留めるための措置として「休暇後も今の職場に戻ってきたらボーナスをあげる」という経緯がこの習慣の始まりです。ですので日本のボーナス文化とは背景が異なります。

ただ最近は職場によっては休暇前に支払われていることもあり、徐々にその傾向は薄れてきているように思えます。


夏季休暇を増やすテクニック

じつはこのボーナス、有給に変換することができます。
つまりお金(ボーナス)を時間(有給)に変換し、夏季休暇を4週間プラス2週間、計6週間にブーストすることが可能です。

フィンランドでの有給使用は労働者の権利として最重視される傾向なので消化率はほぼ100%です。当然の権利として堂々と6週間休んでください。長期旅行も思いのままです。(仕事の携帯は即電源を切りましょう!)

職場によっては変換できないところもあるようです。詳しくは人事に相談する必要があるでしょう。
もしくは社内イントラなどで「Lomarahan vaihtaminen vapaaksi」と検索してみましょう。

なお休暇は年に5週間もらえます。
夏に4週間、冬に1週間とるのが一般的です。
夏の休暇を冬に移動させたり、逆に冬の休暇を夏に取得することも可能です。これも合わせて利用すれば最大7週間の夏季休暇も可能です。

ただしその場合は人事や直属の上司の許可と労働者本人の同意が必要です。
「本人の希望です」と自ら一筆書く必要も出てきます。


休暇日数についての補足

休暇取得は労働協約ではなく年次有給休暇法が適用されます。そのため業界関係なく全ての労働者は普遍的に休暇を取得できます。
※ボーナスは労働協約によるものなので法では保障されてません。

取得日数は日本と同じく勤続日数に左右されます。計算サイクルは基本的に4月1日から3月31日です。「Lomanmääräytymisvuosi」が合言葉です。
4月1日から無期限雇用の勤務を開始した場合、来年次からはフルの5週間(30日間)有給休暇がもらえることになります。

ただし最初は短期間の契約から開始し、途中で無期限雇用に切り替えた場合など雇用契約が切り替わった時点で年次有給休暇の清算が発生することがあります。つまりトータルでの勤続日数はあるのに有給休暇がないこともありえます。

転職により職場が変わったら初年度の有給はほとんど貰えないでしょう。ただし夏に予定があり無給でもいいから休暇が欲しいと申し出るのはよくあることです。転職先に相談しましょう。



子供の看病で休んでも給与保障

みなさんは自分の子供が風邪を引いてしまったらどうしますか?

親としては仕事を休んで看病したいものの、給料が減ってしまわないか心配する方もいらっしゃると思います。特に片親だけの場合休む頻度は上がってしまい「子供も心配だけど家計も心配」といった状況になりかねません。

また休んでばかりで仕事場に迷惑をかけている、と気にする方も多いのではないでしょうか。


フィンランドでは労働協約によりある条件下において保障があります。
また法律により「親は子供のために休む」権利も保障されています。

【労働協約】
子供が10歳未満
給与保障は3日まで
労働協約が有効な業界ならば給与保障がされます。給与保障は3日間までとしている業界が多いでしょう。


法律(Työsopimuslaki)
・子供が10歳未満
・(職場のカレンダーを元にした※)4日間まで休んで看病する権利

※例えば土日休みの職場の場合、週末はカウントされません。金曜日に休んだら水曜日まで休むことができます。シフト制で土日も営業日として扱うならば月曜日までです。

(!)法律だけでは給与の保障まではされていない点に注意してください。

気になる方は「Tilapäinen hoitovapaa」で調べてみましょう。



土日祝日の勤務や深夜手当

24時間365日いつでも稼働させなければならない現場があります。空港や病院などがその最たる例でしょう。
そんなシフト制の仕事をしている方を中心に深夜・土日の手当をより手厚くするのも労働協約の出番です。

保障内容は業界によって少々変動があります。
今回は病院の看護師を例にしてみましょう。

基本的に18時から22時の勤務時間は基本給の15%、22時から翌朝7時までは基本給の30~45%、それぞれ時給で換算され手当として支払われます。

Iltatyöstä maksettava korvaus on yleensä 15 prosenttia tuntipalkasta ja sitä maksetaan klo 18.00–22.00 väliseltä ajalta. Yötyöllä tarkoitetaan usein klo 22.00–07.00 tehtyä työtä ja siitä maksettava korvaus on 30–45 prosenttia tuntipalkasta.

労働組合Tehyの「給与手当」より

ちなみにこれは平日の話であって日曜祝日だとさらに100%の追加手当が加算されます。例えば日曜日夜勤だと給与が基本給の230%くらいになります。


(日本の場合)

日本での労働基準法によると深夜手当は22時から翌朝5時まで、基本給の25%を支払うことが義務付けられています。
※法で定められているのは"深夜手当"だけであって、"夜勤手当"は職場ごとの任意制度です。

労働基準法は週に1日以上の休日を定めていますが、その休日は必ずしも日曜日や祝日である必要はありません。土日や祝日など世間一般の「休日」の出勤は、「休日出勤」という印象ですが、「休日手当」は曜日に関係なく休日だったはずの日に労働した際に支給されます。

日本看護協会「看護職の仕事と給与の特徴」と「残業・休日出勤」より

以上を踏まえると、労働基準法で義務付けられている日曜日(法定休日ではない日)の夜勤給与は125%になります。



労働協約がない業界もある

代表的な例を上げました。ここまで手厚いとフィンランドで働くことが魅力的に見えてきます。しかし労働協約が業界全体に実効化されていないケースもあるので注意が必要です。


美容師業界 - Hiusala

例えば美容師がこのケースに該当します。
美容師業界では現在有効な労働協約がありません。そのため先ほど上げたメリットが労働者に適用されることはほぼないでしょう。

技術力次第で客が来るようになる傾向や、独立し自分の店を持つ人が多い文化も相まってか、雇われでも個人事業主のような立ち位置で仕事をする人が多いのもこの業界の特徴です。
凄腕の人は年収€60,000(現在の日本円換算で年収1000万円弱)も貰えているようですよ。まさに実力至上主義の業界でしょう。



業界全体に義務化された労働協約 - Yleissitova työehtosopimus


そもそもなぜ協約が有効な場合とそうでない場合があるのでしょうか。
どうやって見分けたらいいのかは、自分が働きたい業界・職場に業界全体に義務化された労働協約(Yleissitova työehtosopimus)が有効かどうか調べてみましょう。

Yleissitovaは直訳すると Yleis(一般的・普遍的)+ sitova(義務)です。
つまり業界全体に義務化された労働協約があれば、その業界はその恩恵を受けられると判断できます。

労働協約には他に種類があります。
「Normaalisitova työehtosopimus」は業界全体に義務化されていない労働協約です。「Yrityskohtainen työehtosopimus」は企業や団体ごとの独自の労働協約です。

協約といえば業界全体の義務的労働協約を指すことが多いので、少し系統が異なるものも他にある、とだけ覚えておけば大丈夫です。

以下、労働協約は「業界全体に義務化された労働協約」(Yleissitova työehtosopimus)である前提で話を進めます。

どんどん重ねるイメージで労働条件が上乗せされます

基本的なことは法律により守られ、労働協約によるさらなる保障。
企業によってはそれぞれ独自に契約の基準(Paikallinen sopimus)を設けている場合もあります。そして、最終的には雇用主と労働者間の雇用契約を加えた形で労働条件が決定されます。


全体に義務化された労働協約は業界全てに影響する

雇用主となる企業や労働者が組合に加入していない場合でも適用されます。

※違法といっても規模が小さいものは見逃されていることもあるのが実状です。ブラック会社はフィンランドにもあります。ご注意を。

【余談】
先ほどあげた美容業界のように業界全体での義務化された労働協約がない場合は企業が協約に従う義務は発生しません。
しかし給与や待遇などの人事業務を簡易化するため、義務化されていなくても労働協約に従って経営している企業もあります。業界のスタンダードとも言える指針はこういったメリットもありますね。



労働協約に守られた生活はどうでしょうか。
これだけ手厚いと良いことしかないように思えますね。

しかし協約を手厚くすればするほどデメリットも出てきます
次章#3では労働協約のデメリット部分を解説します。



おまけ

労働協約を業界全体で義務化するべきか取り決めを行っているのは
Työehtosopimuksen yleissitovuuden vahvistamislautakunta」という長い長い名前の組織です。

ドメインも驚きの長さ!