【留意事項】
この記事はとても長いです。正直知らなくても問題ないものが多くあり、この記事を読むかどうかは好みの問題になると思います。
フィンランド特有の制度も少しだけ解説しています。
興味のある方やフィンランドに長く住む予定の方にはぜひ読んでほしいところですが、読むのが苦痛になったら無理せずブラウザを閉じてください。
内容はかなり複雑になっています。シリーズの他記事、#1~#4まで読んだ上で読まれることを強くお勧めします。
政権に対する不満
2023年夏、新政権が発足し今後行っていく予定の政策を発表しました。
現政権が発表した方針には手当のカットや労働者にとってマイナスといえるものが多く含まれています。また人は既に持っている権利が奪われることに強く反発する生き物です。
新たな政策方針を受け2月からフィンランドでは大規模なストライキが続いています。それでは具体的にどういった方針が影響しているのかを見ていきましょう。
病欠1日目の給与保障がなくなる
日本での短期間(1~3日などの)の病欠は会社によっては給与保障されず無給となる場合が多いのではないでしょうか。
一方フィンランドでは初日から満額の給与が法で保障されます。
以下、今現在の法律です。
それに対し「1日目の病欠は控除対象で給与保障なし」とする法を改定する予定です。2日以上続く病欠は2日目以降から給与保障されます。
病欠は本当に体調が悪く休む人もいれば、ちょっと頭が痛いから休んじゃえという人まで様々です。これは日本でもフィンランドでも同じですね。
雇用主側からしたら人件費負担が減り、願ったり叶ったりな案でしょう。
しかし労働者から見たらどうでしょう。例えば持病と闘いながら働く人は定期的に休まなければならない時もあります。
持病に限らずただの風邪でも体調不良で仕事をするというのは辛いものです。しかし生活に余裕がない人はお金のために無理をして仕事をしなければならない状況になりかねません。
怠惰な人はともかく、こういった人達の保障まで奪いかねません。
そのためか、Yleのインタビューで明らかになった「受け入れがたい政策はどれだ」のランキング堂々の一位がこれです。
ちなみにこの法案、可決されたとしてもすぐに労働者に影響はないとされています。なぜなら法律で保障しなくても、労働協約で保障するならば保障がされるからです。
#2でも説明しましたが、法で保障しない部分は協約で保障を補えます。
もう一度政策内容を見てみましょう。
今現在労働協約が初日の病欠給与保障をしている割合は約80%ほどと言われています。つまり残りの約20%以下の労働者にしか影響しないと言えるかもしれません。
労働協約で保障すれば影響がない、だから法を変えても問題ない。
これが現政権の言い分です。どうでしょうか?
それを受けて皆さんは「そうなんだ、問題ないね」となったでしょうか?
そもそも影響がないならなぜ法を変える必要があるのでしょう。
真っ先に考えられる理由は交渉材料を増やすことによって相対的に労働組合側が不利になることでしょうか。
※新労働協約の交渉(更新)については#4を参照してください。
余談
実は過去に同様の方針を実施しようとした政権がありました。
その時は撤回されましたが今回はどうなるでしょうか。
失業保障をカット
失業保障(työttömyysturva)の支給額が減ります。さらにその中でもYleインタビュー「受け入れがたい政策予定」の2位となったのが失業時の育児手当(Lapsikorotus)の支給額減額です。
※子供がいる親に払われる一般的な育児手当(Lapsilisä)とは別です。
また住宅手当(Yleinen asumistuki)も"変更"があります。
住宅手当とは学生や無職、収入が扶養に対して一定水準以下の人に対して主に支払われる手当です。
※画像にあるAsumisoikeusasunto(居住権住宅)については別記事で言及しています。気になる方は見てみてください。
従業員解雇をより容易にする
試用期間中を除き、フィンランドでは従業員の解雇には制約があります。
制約はそこそこ厳しいもので簡単な理由では解雇できません。解雇理由に当たるものの代表例としては「経営不振」でしょうか。
現在のこの制約を緩和しようとする試みです。
これにより雇用主にとって"人材管理"がより容易になるでしょう。
現在実施されてるデモ・ストライキのスローガン「Painava syy」はどういう意味かご存じでしょうか。
Painavaはフィンランド語で「重い」という意味で、Syyは「理由」です。
重たい理由、つまり深刻な理由という意味になります。
現在の法と改正案を見比べてみましょう。
そう、この「Paivana syy」が抜かれているのです。この法改正を元に作られたスローガンです。また「今こそデモを起こす"正当な理由"」としての意味も込めてられているかもしれません。
輸出業より高い賃金値上げの禁止
輸出産業はフィンランドにとって大切な、国としての経済の中核を占めているビジネスです。国際競争力を高めるという名目で労働協約更新時の仲介人(Valtakunnansovittelija)は他業種に輸出業以上の超えた給与値上げをしてはいけないと定める予定です。
その制限により色々な影響が生まれるかもしれません。その内の一つ、懸念されている悪影響は男女差による給与格差が広まることです。
フィンランドは男女平等な国と日本では言われているようですが、まだまだ給与格差も健在です。
輸出産業を担う業界や職種は一般的に男性の方が多いでしょう。
つまり女性が多く従事している業界は給与値上げが制限されてしまうことになります。
これにより同じ労働組合同士、SAK内で対立が起きてしまっています。
余談
フィンランドにとって輸出産業は経済的に大切なのはお話ししました。
そんな輸出業に欠かせないのが運送・ロジスティック分野で働く労働者です。
そう、#4でお話したストライキ常習の労働組合AKTが統括する分野ですね。
経済的に大切な分野がストップしたら大事です。(他にも様々な弊害がでます。)ですので彼らは自分たちの強みをよくわかっており、頻繁にストライキをします。昔のある業界と同じようなことをしていますね。
Vuorotteluvapaaの廃止
フィンランドにある Vuorotteluvapaa 制度を廃止するという動きです。
Vuorotteluvapaaとは
少々変わったこの制度、基本的にこんなシステムです。
経験が浅い若者や再就職が難しい高齢者に仕事を与え、元居た従業員もお金がある程度貰える上で休暇、良いシステムのように見えます。
この制度が施行されてからどのような影響を与えるか調査したところ、さして好影響とも言える結果が出ませんでした。制度として続ける必要があるのか疑問ではあります。
政治的ストライキとデモの制限
#4でも触れましたが、現在フィンランドには政治的ストライキやデモを制限する法律はありません。そのため自由に実施することができます。
それに対し「政治的ストライキは1回につき24時間まで」と定める予定です。
また「同じ政策に対してストライキは1回まで」ともするようです。
つまり2回以上、同じ政策に対してストライキができないようにする予定です。※何が"同じ"に当たるのかの定義はこの時点ではまだ曖昧です。
2月22日労働省は本件の法案について説明を行い、次のプロセスに進むことを発表しました。(法改定のプロセスはそこそこ長くかかります。)
失業保障基金からの保障を段階的に削減する
#4で言及した失業保障基金ですが、支給額に制限をかける予定です。
失業期間が長引けば長引くほど支給額が減っていく仕組みになります。
期間付き雇用をより容易にする
フィンランドの雇用形態には雇用期間の違いを示すものとして主に2種類あります。
それが無期限(Vakituinen)と期限付き(Määräaikainen)です。現在の法律では期限付きには制限があります。
このように無期限雇用が一般的です。しかし以下の場合は正当な理由として扱われることが多いので期限付き雇用になります。
正当な理由といっても割と広く認可されており、上記以外の理由も多いです。そして、それに対する法改定は以下の通りです。
改定されたら短期間で従業員を切り替えて業務を行うことが容易になります。業績が良くなったら人を雇い、業績が悪くなったら契約更新なし、といったことが繰り返せますね。
無期限雇用の労働者は試用期間を過ぎるとそう簡単に解雇できません。新しく人を雇うのは期限付き雇用に対しやや厳しめの審査が必要です。
ただフィンランドでは実務経験があっても職探しが難航しやすく、期限付き雇用が一般的になれば不安定な生活を強いられてしまう可能性はあります。
無期限雇用と期限付き雇用の格差が、日本の正規雇用と非正規雇用の格差のような形にならないことを願います。
労働協約なしで雇用条件を決めやすくする
現在は企業が独自に定める契約(Paikallinen sopimus)を定めるには企業側が雇用主側の組合に入っている前提です。つまり労働協約が無ければ施行できません。それを緩和する改正です。
最終的には労働協約の効力を無くす目的があるのか、という第一ステップのように思えます。
(ただしこれは本当に最終地点ですのですぐに実現はできないでしょう。)
非合法ストライキに参加した場合の罰金増額と対象の拡大
非合法的にストライキをした場合、労働組合に罰金が課せられます。ちなみに罰金が命じられるのは組合のみで参加者には課せられません。
罰金と言っても現在はとても安いため、理論的には組合は非合法的なストライキを気にせず行うことができます。
これに対して規制を強めるため、罰金額の増額とストライキに参加した参加者からも罰金を徴収すると発表しました。組合に対しては最大€150,000、最低でも€10,000の罰金が、参加した労働者には€200の罰金となります。
今後の動き
3月のストライキが発表されましたね。
とはいえ現在進行形で事が進んでいるため、今後どうなるかはまだまだ未定です。
最後に
最後と言いつつもあとがき記事で多くを語ることにします。大きく、まるごと削るはめになった「労働組合の歴史」についても言及したいと思います。
また一つ、フィンランドで働く際の大切な要素が入っていませんでした。
入れ忘れた Luottamusmiesについてはフィンランドで働くうえで知っておいたほうがいいことです。いつか別記事に書きたいところです。