見出し画像

紙飛行機とんだ(ショートショート)

その国は「自由」を持たない国だった。
自分の意見や考えを、自由に表明する。
異なる文化や価値観に触れ、互いに学び合う。
そんな当たり前のことが、人々には許されていなかった。
特に、国の方針に逆らうような活動は厳しい取り締まりを受け、抵抗する者は投獄された。たとえ国が間違ったことをしたとしても、人々はただ、従うほかなかった。


そんなある日、街に突如として、ある数字が現れた。

「0824」

誰が描いたものか、路地の塀に殴り書きされたその数字は、瞬く間に人々に拡散された。
警察は、この数字を特定の日付と断定し、人々の動向を注意深く追った。しかし、人々はこの数字を連呼するばかりで、一体何をしたいのか、全く見えてこない。
街角のあちこちに「0824」の落書きが踊り、「0824」と書かれた紙が風に舞い、公園の砂場にさえ、その数字は描かれた。国と警察は、何か姿の見えない、とてつもなく大きなものが膨れ上がっていくのを感じていた。


そして、8月24日がやってきた。
警察は、前日から主要都市に緊急配備体制を敷き、人々の動向を覗った。
日付が変わっても、目立った動きは何も起こらない。そして、東の空が明るくなり始めた頃、彼らは異変に気づいた。
誰も、街に出てこないのだ。
大通りには人っ子一人見当たらず、ひっそりと静まり返っている。
やがて時計が6時を指し、街で一番大きな時計台の鐘が鳴った時、それは起こった。

街中の建物の窓が、一斉に開いた。
ビルから、アパートから、商店街から、人々がぞろぞろと顔を出したかと思うと、その手から一斉に放たれたものがあった。
それは、真っ白な紙飛行機だった。
おびただしい数の紙飛行機が、空を滑り、くるりと回転し、風に乗って舞い上がる。人々は、声を上げるでもなく、街に駆け出すでもなく、ただ静かに、空へ紙飛行機を放ち続けた。

警察隊員たちは、空を呆然と見上げていた。
今すぐ駆け出して、街の人々を片っ端から捕まえなければいけないはずなのに、空から目を離すことが出来ない。
いや、そもそも、本当に捕まえなければいけないのだろうか。人々は、紙飛行機を飛ばした。ただそれだけなのに。

紙飛行機は、朝焼けの空を背に、いつまでも舞い続けた。

「白い鳩みたいだ」

誰かがぽつりと言った。



トップ画像出典∶pixabay