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怪盗

「しかしこのご時世に『犯行予告』とはな。馬鹿にしやがって」
「まあまあ、落ち着いてくださいよ先輩。確かに、今どき変装が得意で神出鬼没の怪盗、なんて、冗談にも程がありますよねぇ」
「まさか都内で三件も被害が出てるとはな。警察のメンツ丸つぶれだ」

 私の背後で、二人の男が話し込んでいる。どうやら、この二人は刑事であるらしい。「先輩」と呼ばれた低い声の男は、四十路の半ばといったところか。もう一人は若いが、歳の割にしっかりした口調が印象的だ。

「以前、神戸を騒がせたこともあるらしいですね。予告状がなかったら、同一犯とは思わなかったでしょう」
「被害に遭ったデパートは軒並み、後になって『もしやあれは』と気づいたっていうじゃねえか。呑気なもんだ」

 ここは「喫茶鹿鳴館」。凝ったアンティークの内装が人気のこの店では、店主がこだわって輸入した、本格的なイングリッシュ・ティーを楽しめる。私は香り高い紅茶をすすりながら、二人の会話に耳を傾けた。

「しかし、妙な犯行予告ですよね。あの、短歌って言うんですか、何なんでしょうね?」
「銀座、新宿、赤坂と、それぞれ違う和歌が届いたんだったな。あれは百人一首だ」
「おっ、先輩、詳しいですね」
「馬鹿、常識だ。学校で習っただろうが」
「俺、工業高卒ですよ? そっち方面はさっぱりです」
「ふん。俺が見る限り、あれは犯行日の予告だ。銀座の犯行は四月九日、和歌は

 いにしへの奈良の都の八重桜
     今日九重に匂ひぬるかな

だったな。『八重桜』は俳句では晩春、四月頃の季語だ。それと『九重』に掛けて、九日を犯行日としたんだろう」
「さすが先輩。俳句にも詳しいんですね」
「たしなみだよ。お前も季語くらい知っとけ。次の新宿は九月二十一日、和歌は

 今来むといひしばかりに長月の
  有明の月を待ち出でつるかな

だった。『長月』は九月の古称だ、お前も聞いたことあるだろ」
「はあ、そりゃまあ……。でも二十一日ってのはどっから来るんです?」
「この歌は、百人一首の二十一番目なんだよ」
「ええ……そんなの無茶ですよ! 分かるわけないじゃないですか!」
「まあ聞け。問題は、今予告状が届いてる赤坂だ。和歌は

 ほととぎす鳴きつる方を眺むれば
   ただ有明の月ぞ残れる

だった。『ほととぎす』も季語だが、この歌の主役は『有明の月』だ。これも仲秋、九月から十月初頭の季語なんだ。俺は、赤坂の犯行日は十月一日と見てる」
「この歌は、百人一首の一番目なんですか?」
「いや、違う。一番はじめの神戸の事件を覚えてるか。あれは去年の十月一日に起こった。さっき兵庫県警に電話して聞いたんだが、

 吹くからに秋の草木のしおるれば
   むべ山風を嵐と言ふらむ

神戸には、この歌が届いていたそうだ」
「この歌と赤坂の歌、何か関係が……?」
「『むすめふさほせ』って聞いたことあるか。百人一首でかるた取りをする時、まずはこの文字を覚える。百首のうち、この文字から始まる歌は、それぞれ一首ずつしかないんだ」
「神戸は『ふ』、赤坂は『ほ』から始まる、だからどちらも『一日』が犯行日だっていうんですか! 今日三十日ですよ? 十月一日って明日じゃないですか!」
「ああ。実はもう上に掛け合って、赤坂のデパートに緊急配備を敷いてもらう手はずになってる。今度こそ、奴を捕まえてやるぞ」
「さすが先輩! 腕が鳴りますね!」

 二人の刑事は声を落とすと、何やら作戦会議を始めたようだ。私は二人の声を背に聞きながら、鞄から帳面を取り出した。
 ページをめくり、見開きいっぱいに描いた図面を眺める。赤坂の高級デパート「松坂屋」の見取り図だ。警備員の数、監視カメラの配置、巡回のタイミングも抜かりはない。
 『先輩』の推理どおり、私が赤坂のデパートを訪れるのは明日、十月一日だ。しかし、言い当てられたからといって慌てて予定を変えるような私ではない。むしろ、この程度のものは見抜いてくれなくては張り合いがないというものだ。
 私を捕らえると言ってのけた、二人の刑事。次に出会う時は敵同士だ。今はまだ、その時ではない。


これもボツ!お題は「出会い」。

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