「初めての」
今日もまた、クラスメイトの女の子たちが「あの日」の話をしている。
「あの日」というのはもちろん、月に一度やって来る、女の子特有の「例の一週間」のことだ。
例えば、女の子の一人が、朝から浮かない顔をしているとする。どうしたの、と問うと、彼女はひそひそとこう言うのだ。
「今日『あの日』でさ。お腹痛いんだ……」
そんな時は、できる限り痛ましそうな顔をして、「大変だね」とか「辛いよね、アレ」とか言わなければいけない。私たちはそれでわかり合える。少なくとも、そういうことにできる。私にその経験がなかったとしても。
中学校に入学して三ヶ月、私にはまだ一度も「あの日」が来たことはなかった。
クラスの男女が別々の部屋に集められ、先生からその話を教わったのが小学四年生の時。あの日から、クラスの空気が変わった。
男の子も女の子も、皆ひそひそと言葉を交わし合い、「あの日」が来たかどうか確認し合う。そして、やがてクラスは何となく、「もう来た子」と「まだ来ない子」に分かれるようになった。
となれば、この先何が起こるのかはわかりきっていた。「まだ来ない子」が仲間はずれにされるのだ。
だから私は、小学五年生の終わり際、みんなに「『あの日』が来た」と嘘をついた。みんなほっとしたような顔をして、お祝いの言葉や、ちょっとしたアドバイスをくれた。それ以来、私はずっと嘘をつき続けている。
「心配しなくてもいいのよ、こういうのは個人差があるんだから」
お母さんはそう言って、でもちょっと遅いかな、と続けた。
私の通学バッグには、いつも小さなポーチが入っている。小学四年生のあの授業の後、お母さんがくれたのだ。
「あっちゃんももう大人だね」
あの時、お母さんは嬉しそうだった。ポーチの中には、ずっと使われないナプキンが入ったままだ。
その日、私は化学の授業に行こうと、バッグから教材を取り出したところだった。その時、バッグからポーチが飛び出して、床に落ちた。ピンクと黄色の花柄のポーチは、ひどく目立つ。私は慌ててポーチを拾い上げると、スカートのポケットに突っ込んだ。
その時、すぐ側に立っていた人と目が合った。その子は朝倉さんといって、活発でよく目立つ子だったけど、私はあまり話したことがなかった。
「木田さん、それ、もしかしてアレのやつ?」
「そうだけど……何?」
私が恐る恐る尋ねると、朝倉さんはにやにやと笑ってこう言った。
「や、ごめん、思ったんだけどさ……木田さんて、アレ、まだ来てないの? 見たことないもん、それ持って歩いてるの」
どくん、と心臓が跳ねた。まさか、ばれるなんて。どうしよう。何て返せばいい?
頭がくらくらして、一瞬吐き気がこみ上げる。その時、私は不意に、お腹の下の方がぎゅっと締め上げられるような感覚に襲われた。続いて、ショーツに広がる生暖かい感触。
これって……もしかして。
ごめん、と私は朝倉さんを押しのけると、早足でトイレに駆け込んだ。恐る恐るショーツを下ろすと、そこにはほんの一滴、親指の爪くらいの大きさの、真っ赤な染みがあった。
私は、ポケットに突っ込んでいたナプキンを使い、何とか一日をやり過ごすと、部活を休んですぐに家に帰った。
バスルームに駆け込み、ショーツを履き替えて、お風呂の蛇口でごしごしと血の染みを洗う。一度乾いてしまった染みは、なかなか落ちなかった。
「あっちゃん? 帰ってたの」
お母さんの声に、私はぎくりと顔を上げた。
「どうかした? 何か汚れたの……」
言いかけたお母さんが、はっと口をつぐむ。
「はは……来ちゃったみたい」
私は取り繕うように笑った。別に悪いことをしたわけでもないのに、どうも落ち着かない。
「いやー、思ったよりなんてことないね。みんなあれこれ騒いでるけど、全然どうってことないじゃん。ほんと、バカみたい……」
早口でまくし立てる私を、お母さんはぎゅっと抱き締めた。
「よかったねぇ、あっちゃん。よかった、よかった……」
お母さんの手が、ぽんぽんと私の背中を叩く。その手があったかくて、お母さんに抱かれたまま、少し泣いた。
今回もボツ!お題は「あの日」。