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アキ・カウリスマキ 【ラヴィ・ド・ボエーム】
アキ・カウリスマキ監督作品をひとつずつ観ていきます。タイトルは、カウリスマキ監督が共同経営する映画館キノ・ライカで、上映前に流れる声(K. オウティネン)からつけました。
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【ラヴィ・ド・ボエーム】は、フランスの詩人・小説家、アンリ・ミュルジュールが1851年に出版した『ボヘミアン生活の情景|Scènes de la vie de bohème』を原作としている。パリのカルチエ・ラタンを舞台に、画家、作家、音楽家といったボヘミアンたちの日々を描いた物語。作品中にミュルジュールの墓碑がでてくるのは、カウリスマキ監督らしいセンスだとおもう。
なんといってもうれしかったのが、初めて動いている犬のライカ(大きいライカ)を見れたこと。役名はボードレール! マッティ・ペッロンパー演じる画家との、とあるシーンを観ていたら、ずっとむかし一緒に暮らしていた犬(名前はジョイ)のよろこびに満たされた声がよみがえってきた。
暗転によって切り換わっていく数々のエピソード。うまくいったり、つまずいたり、すぐ恋に落ちてしまったり。登場人物たちの反応があっさりしていて、彼らの行動やその意味もほとんど説明されない。そうした、いっしゅん放りだされたような気持ちになるところは、アキ・カウリスマキの特徴といえるのではないか。とはいえ、どんなときにも危機を逃れるための助けがあることに救われる。もちろんどうにもならないこともあるけれど。
映画のエンディング、季節は春。【キノ・ライカ 小さな町の映画館】にも出演されていた、篠原敏武さんの唄う「雪の降るまちを」が流れてくる。そのシーンでは雪は降っていないようにおもえる。それではどうしてこの曲が選ばれたのだろうか。
原稿用紙、絵の具、自動車、街の光、野に咲く花、カーテン、シーツ。雪のような白。それらのコントラストとなるのが、屋根裏部屋、黒いジャケット、ライカの毛や瞳の色、ピアノ、薪ストーブの黒。光は影があるからこそ輝く。この作品がモノクロームなのは、時代性を考慮したためではなく、カウリスマキ監督が、白を、世界を、雪として描きたかったのかもしれない。
春に降る雪はつめたく、それでもきっとあたたかい。
ラヴィ・ド・ボエーム|La Vie de bohème(1991)
監督・脚本:アキ・カウリスマキ
撮影:ティモ・サルミネン
編集:ヴェイッコ・アールトネン
出演:マッティ・ペッロンパー、イヴリヌ・ディディ、アンドレ・ウィルムス、カリ・ヴァーナネン、ほか
* 次回は【レニングランド・カウボーイズ、モーゼに会う】をお届けします。