【将棋】悪手について考えよう 1
みなさん、悪手って好きですか? 私は嫌いです。好きなひともいないとは思いますが、でも大事なのです。
どうも、雑読み将棋指し、といとというものです。これからしばらく、悪手について考えていきます。上達の急所じゃないかと思うけど、あまり深く考えたことがなかったので一緒に考えていきましょう。
いくつか地ならしをしてから、具体的な話に入っていければと構想しています。しばらく当たり前のお話が続いて退屈かもしれないけど、読んでいってくださいな。
それではどうぞー。
第1回 精神論から始めよう
今回の結論は、確実に将棋をうまくなりたいなら、指した将棋をちゃんと振り返った方がいいぞ、である。当たり前だと思うけど、なぜかやってないひとがいるのである。
大まかにいって、将棋の上達には2つのルートが想定できる。1つは感覚を磨けと教えるタイプ、もう1つは論理的思考を重視するタイプだ。感覚タイプはいいものを見なさいと教えるので、へたな自分の指した将棋より、もっといいもの、たとえばプロの将棋を見たり再現したりすべきという。合っているひとはぜひ続けるといい。ここからの内容はいま必要ないので、いったん放置して、伸び悩んだ頃に思い出してほしい。
私は放置されている、論理的アプローチを紹介したい。将棋で論理的思考を育てるとのお題目も掲げられるのだから、あってしかるべきだろうと思うのだが、いかんせん量も少ないし内容も薄い。内容の薄さは、ひとのこといえないが。
さて上達するにはどうすればいいか。論理的に考えるには、問題を持ってきて、それを解決するのである。将棋で勝つために問題となるのは悪手を指すことだろう。よって将棋上達における論理的思考は悪手から発進する。悪手を減らすと棋力向上に直結する、単純な話だ。
始めは見つめるというのが意外に大事で、ビジネスことばでいえば、OODAとかU理論とかで強調されている。自分の悪手をじっと見るのはつらいわけで、その気持ちの改善がほんとうの第一歩となるわけだ。
悪手に対して積極的になろう! これが出発点である。
負けず嫌いはいい。自分の将棋にこだわれる。一般的にも将棋に向いているともされる。こどもは特に、負けず嫌いが強くなる。
自分の悪手を見たがらない、臭い物に蓋をするタイプもいる。私もどちらかというとこのタイプだ。しょせん趣味だし苦しい思いしてまでやらなくていいから、嫌で嫌で仕方ないなら無理しなくてもいいけど、指した将棋はいまの自分の力を知るための貴重な資料である。放り出すのももったいない。
そんなみなさんには、練習と本番の切り分けを提案したい。しょせんは練習と割り切って、悪手を指すために将棋を指すのだと軽い気持ちで指せばいい。しょせん我々アマチュアには、完璧な将棋など指せないのです。将棋ウォーズ初段を目指すのが一般的だと思うから、別の対戦サイトなりアプリなりを併用して、練習の場にしよう。
私はスマホ向け将棋対戦アプリ3つ、PCサイト2つを微妙に使い分けて、普段使いの将棋対戦アプリは試行錯誤の場所としている。似たような使い分けをしているひとは多いのではないだろうか。まあ、私自身は長らくネット将棋は遊び&練習、大会が本番という環境でやっていたので、ネット将棋では良くも悪くも負けなれてしまって、気合い入れようと思っても入らない。この辺りは、取り組み方がぜんぜん違うだろう。
上記の提案自体は乗っても乗らなくてもいいから、とにかく悪手を見つめられるのに慣れるべきとはいえるだろう。
初心者の場合、そもそも覚えていないから振り返りができないという問題もある。この問題はあとで詳述したいが、とりあえず将棋アプリを使えばだいたい対局内容を振り返れるようできているので、それもあってはじめのうちは対戦アプリを推奨する。個人的には初めからソフト検討するのには否定的だが、いまある文明の利器はじょうずに使えばいいのです。
ほかの方法として、大まかな流れだけでもイメージする方法もある。どこで流れが変わったかがわかると、振り返りができるようになる。部分より全体が先。これもあとで話題にしよう。
また、初心者は時間をたっぷり使って考えるべきと教える本やサイトが多いが、個人的には、ちょっと時間が足らないくらいの圧をかけて指すのがいいと思っている。だらけず、かといって混乱もせず、ちょうどよく改善点を見つけられるくらいの将棋を指したい。
考える材料がないなら考えるだけ無駄だ。
次回は「わからないを減らす」というテーマで話をしていきます。「わからないなりに自分の意見を持って指した方が有益な振り返りができる」と、仮説を設定しようとの提案です。