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ohruri102
孤独を愛する。
孤独になれ。
孤独を愛せ。
これからを生きる人たち、とりわけSNS真っ盛りの世代の人たちへ。
家に引きこもっていても、すぐに外と繋がれてしまう世界は便利なようで、実は余計に孤独を生む気がする。
自分自身も、誰とも会わずに子供三人の看病をしながら、つい見てしまうのはスマホのSNS…。
たいしてみたくもないニュースを見て、たいしてみたくもない他者の日常を見て、うらやましがったり逆に「あぁ、自分はよかったな」と変な優越感に浸ったり…無意味な時間だなと、ふいに虚無感も感じる。
その理由は「孤独に慣れない」ことと「孤独になれないこと」
大げさな話をするが、人は一人で死んでゆく。
老いは孤独と向き合う作業なのだ。誰かと暮らしていても、一人で死んでゆくのだ。
だから、たとえスマホですぐに外と繋がれるこの時代でも、人は元来孤独なことに気づかねばならない。
わたしは、割と社交的な性格で、すぐに誰とでも打ち解けられ、場になじむのも秒だ。「えっと…いつからこの職場にいたんだっけ?」ってくらい、すぐ馴染める。
でも、最近は『もう、いいかな…無理しなくて。』と思うのだ。
保育園の送迎でも、誰とでも明るく仲良く社交的に…と思っていたけれど、それは頑張って演じている自分だったと気付く。
40日間の闘病&看病生活で、「わたし、何を無理した?」と振り返った時に、【誰とでも社交的に接する自分】を無理していたんだと気付いた。
そこに「氣」を浪費していたから、家でバテバテだったし、風邪もひいた。
人は、一人で生まれ、一人で死んでゆく。
人は元来孤独なのだ。
孤独と向き合う作業を。
自分の氣を無駄遣いしないように。
丁寧に、自分に正直に生きよう。