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糞する猫がアイドルになった日
実家の庭には、祖父が作ってくれた小さな菜園がある。
一緒に苗を育てた思い出の場所だ。
ところがある日、そこに野良猫が“糞”を残した。
「ギャア!」と私が悲鳴を上げると、母が近づいて一言。「これは猫ね」と冷静に鑑定した。そして古いトングで糞を摘まみ、淡々と側溝に捨てた。
私は糞害に憤慨し、これ以上思い出の菜園をトイレにされてはたまらないと、侵入経路を塞ぐべく、レンガや廃材を駆使して庭をバリケード化した。
しかし、野良猫はその努力を嘲笑うかのように再び“お土産”を置いていく。
週三ペースで思い出の菜園に糞を残され、ついに母から「あんたもやりなさい」とトングを渡される。猫の糞におじぎするように背中を丸める自分の姿は情けなく、やり場のない怒りを父にぶつけた。
「ローンを組んで買った土地に糞されてるんだよ!」
そうやって煽ると、ようやく父が重い腰を上げた。
父は「まずは犯人の動きを探ろう」と意気込み、動体検知機能付きのトレイルカメラを庭に設置した。これで侵入経路がわかるはず……と思いきや、カメラが捉えたのは風で揺れる雑草だけだった。私は仕方なく庭の草むしりをして、自分が猫のために振り回されている憤りを感じた。
そして梅雨明けのある深夜。ついにカメラが猫の姿を捉えた!
映っていたのは、悠然と用を足し、そのまま軽やかに塀を飛び越える野良猫の姿だった。侵入経路はなんと空からだったのだ。塀を埋めても意味がないわけだ。
早速、対策として塀にトゲトゲを設置したり、猫の嫌がる匂いを撒いたりしたが効果はない。それどころか、猫はカメラに毛繕いの仕草やあくびを披露する始末だ。
そんなある日、私は「猫はトイレと餌場を一緒にしない」という情報を聞いて、糞対策として猫の餌を置くことにした。なんだか負けた気がするが、これが功を奏し、猫は餌に食いつき、糞害は止まった。毎日、餌を交換するうちに、だんだんとその姿に親しみを覚えてきて、そして「糞する猫」はいつしか「うんちのうーちゃん」と家族のアイドルへ昇格した。
ところが新たな問題が発生した。うーちゃんの餌を目当てにカラスやスズメ、さらにはハクビシンまでもが訪れるようになってしまった。すぐさま鳥害対策や、餌は夕方に出すよう日々対策を重ねた。そんな中、カメラに映るうーちゃんの姿はいつしかふっくらしたもふもふの冬毛をまとい、愛らしさが増していく。その様子に家族中で癒されていた。
だが、冬が訪れると、うーちゃんは姿を消した。何日もカメラに映らなくなり庭には雪が降り積もる。
「きっと、どこかで元気にしているだろう」と野良猫のたくましさを信じつつも、家族の中には寂しさが残った。
そうして年が明け、春が訪れた頃、再び庭に糞が見つかった。家族一同「うーちゃんが帰ってきた!」と期待してカメラを設置したが、そこに映っていたのは見知らぬ黒猫だった。
それ以降、うーちゃんの姿が映ることは一度もない。
うーちゃんは今どこで暮らしているのか。
だけど、うーちゃんのことだ。きっと、どこかの庭で遠慮なく糞をしているのだろうと想像しながら、私は残された糞を見つめ、トングを握り、背中を丸めた。